Unchained / Johnny Cash

アンチェインド〜自由であれ! / ジョニー・キャッシュ 1996年
進藤むつみのおすすめCD (vol.54)

get "Unchained"オルタナ・カントリーにアプローチしてくるミュージシャンには、大きく分けてふたつのパターンがあると思います。ひとつは WilcoRyan Adams に代表される、パンクを中心としたロック・アーティストからのアプローチ。主流はこちらでしょう。スタイルだけの真似なんかじゃないんです。カントリーへの敬愛を持ってアプローチしてくるんです。このあたりは次回の Uncle Tupelo の紹介の時、詳しくお話したいと思います。

そしてもう一つ、それまでの枠に収まり切らなくなった、カントリー音楽界からのアプローチ。Johnny CashEmmylou Harris ら大御所の動きは、保守的で型にはまった業界を驚かせました。だけど、元々カントリーって保守的な音楽じゃないと思うんです。果たして Hank Williams は保守的でしょうか?。そんな事ありませんよね。60年代以降スタイルを重視したカントリーが増えた事で、保守的で無難な音楽に変わってしまっただけだと思うんです。もちろん70年代にナッシュビルに反旗をひるがえした、Willie Nelson などの例もありますけどね。

型にはまらないスタイル・・・。近年の Emmylou Harris は、それこそ前人未到の音楽を作り続けています。対して Jonny Cash は・・・、何も変わっていないんですよね。もちろんサウンド・アプローチにオルタナ的なものはありますが、それよりも精神的なものの方が大きいんです。その Johnny Cash の精神は、実はデビューからずっと変わらずにいて、そして強烈な個性を発しているんです。


Johnny Cash の経歴をお話する必要はないでしょう。アメリカの良心と呼ばれる、カントリー界の大御所、重鎮です。55年のデビュー以来カントリー・チャートに130曲以上、そのうち40曲以上をポップス・チャートにも送り込んでいます。彼のもっとも有名な曲は、全米2位まで上がった "a Boy Named Sue" (69年) でしょうか。1980年に史上最年少でカントリーの殿堂入りを果たしたと思えば、1992年にはロックン・ロールの殿堂にも選ばれるという類い稀な経歴を持つ歌手です。

そんな彼の特徴は、強烈なメッセージ性でしょう。もちろん歌詞に込めたものが強いのですが、常に黒い服に身を包み the man in black と呼ばれたのも、ベトナム反戦や社会批判から喪服のつもりだったといいます。また、多額の寄付を全世界多分野に続ける一方、刑務所でのコンサートにも出演。それを録音した事も多々ありました。

思えば前述の "a Boy Named Sue" もそうです。これって、女性名を付けられた少年が酒場で父親を見つけ、殴り合って銃を向ける・・・。そんな詩を強烈なバリトン・ヴォイスで歌うのですが、そんな曲を刑務所で録っていいんでしょうか。というか、そんな曲がヒットしてしまっていいのかと思います。


そんな Cash が近年注目されたのは、U2"Zooropa" (93年) での共演からでしょう。元々デビュー当時の Bob Dylan との親交が有名なほどロック/フォーク界とも繋がりがある Cash ですが、U2 のアルバムの中でリード・ヴォーカルをとるとは思いませんでした(曲は "the Wanderer")。そして、Rick Rubin 主宰の American Recordings への移籍!。Rick Rubin ですよ。Beastie BoysRed Hot Chili Peppers のプロデューサーですよ。これにはみんなビックリしたと思うんです。

しかしその移籍第1弾、その名もズバリ "American Recordings" (94年) は、オルタナ・カントリーの重要な作品になりました。全編アコースティック・ギターの弾き語りのアルバムが、強いメッセージを訴えかけてきます。ギター弾き語りって、こんなに説得力があったんですよね。こんなに迫力があるんですよね。カントリー界の重鎮というよりも人間の大きさを感じさせる作品で、廻りに与えた影響も多大でした。


そして、移籍第2弾がこの "Uncahined" になります。このアルバムはバンドサウンドです。プロデューサーは同じく Rick Rubin ですが、演奏は Tom Petty & the Heartbreakers が完全にバックアップ。しかし Cash の歌に込めたメッセージの強さは、変わる事はありません。

"Rowboat" を初めて聞いたのはPVだったんですけど、あたしの感想は『恐い』でした(笑)。黒い服に身を包んで、凄むように強烈なバリトンで歌う姿を見た時、あたしはホントに恐いって思ったんですよね。もちろん Johnny Cash は知っていたし、過去の曲は聴いた事もあったんですよ。だけど、こんなに迫力がある人とは思いませんでした。この曲は、なんと "Loser"Beck の曲のカヴァーです。

そして "Rusty Cage"Soundgarden の曲のカヴァー。うねるようなグルーヴで迫ってくるこの曲は、あたしの一番のお気に入りです。前半のアコースティックな部分でさえ強烈なのに、後半のノリの良さは素晴らしいものです。それでいてカントリーなんですよね。決して外れた事はしていないんです。このへんが、見事にオルタナ・カントリーだなと思うんです。

"Southern Accents" は、演奏面で全面協力した Tom Petty の曲。作った本人が演奏で参加していて、それなのにこの Cash の強烈は個性は何?。すっかり自分のものにしていて、作者もビックリじゃないでしょうか(笑)。あたしは Tom Petty って大好きなんですけど、こっちのヴァージョンの方が好きかもしれません。良い曲なんですよね。なんか、優しい気持ちにさせてくれるんです。


ロック系のカヴァー曲ばかりお話してきましたが、"Country Boy""Mean Eyed Cat" などはさすが自作曲という歌いっぷりだし、"See of Heartbreak""Memories Are Made of This" などのカントリー・クラシックも素晴らしい出来です。だけど、アルバムを通してひとつのカラーがあるのは、Johnny Cash のバリトン・ヴォイスの力であり、歌に説得力があるのは彼の心が伝わってくるからだと思うんです。

アルバムの完成度は次作以降も変わりません。しかし時代に与えた影響は、ファーストの "American Recordings" とこの "Unchained" のが大きいでしょう。この2作は、共にグラミー賞の最優秀カントリー・アルバムを受賞していますが、それ以上に他のミュージシャンへの影響なんですよね。そして、オルタナティヴという面から見た時には、"Unchained" の方が理解しやすいと思うんです。


さて、これ以降の Johnny Cash は、病気との戦いも大きくなっていきます。元々80年代から心臓のバイパス手術を受けたり、下顎の骨折とそのための鎮痛剤のためのリハビリなど、入退院を繰り返していました。しかし97年、敗血症と肺炎を併発して10日間の意識不明。そして悪性のパーキンソン病で余命1年と宣告されます。しかし適切な治療の結果、体を回復させる事に成功しました。これって、彼の気力の強さもあったような気がするんです。

ここで『のんびり暮らす』という医者のアドバイスを押し切り、99年、自己のトリビュート・コンサートに出演。そして次作のレコーディングに入ります。2000年に発表された "American III: Solitary Man" は涙の傑作。弾き語りではないものの、アコースティックに振ったサウンドに感動したファンは多いでしょう。そして02年の "American IV: the Man Comes Around" では Fiona Apple とのデュエットが話題を呼びますが、これが遺作になってしまいました。

2003年9月13日、糖尿病の合併症で Johnny Cash は亡くなりました。享年71歳。残念です。もっともっと、あたし達にメッセージを伝えて欲しかった。そして若手ミュージシャンを引っ張って、まだまだ音楽業界をリードしてもらいたかったと思うんです。

Unchained
1. Rowboat / 2. Sea of Heartbreak (失恋の海) / 3. Rusty Cage (錆びた檻) / 4. the One Rose / 5. Country Boy / 6. Memories Are Made of This (思い出はかくのごとく) / 7. Spiritual / 8. The Kneeling Drunkard's Plea (酔っ払いの願い) / 9. Southern Accents / 10. Mean Eyed Cat (意地悪な目をした猫) / 11. Meet Me in Heaven (天国でもう一度会えたら) / 12. I Never Picked Cotton (綿なんて摘んだことないさ) / 13. Unchained (アンチェインド〜自由であれ!) / 14. I've Been Everywhere
produced by Rick Rubin / recorded at Akademie Mathematique of Philosophical Sound Resarch, Hollywood, CA, Sound City, Van Nuys, CA, Oceanway Recording, Hollywood, CA, NRG Recording, N. Hollywood, CA & Cowboy's Arms Hotel and Recording Spa, Nashville, TN
Johnny Cash (web site: http://www.johnnycash.com/
born on February 26, 1932 in Kingsland, AR; died on September 12, 2003 (age 71).

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posted by 進藤むつみ on Summer, 2005 in 音楽, 1990年代, アメリカン・ルーツ

comments (2)

また渋いですね。
僕はJohnny Cashが好きです。
Kid Rockも好きです。
Kid RockがJohnny Cashが好きだった。
結構後で知りましたが、こういうのって嬉しいですね。
Johnny Cashはとにかくかっこいいんです。

>うえださん♪
あたしは "Rowboat" のPVを見るまで、実は Johnny Cash の事をあまりよく知りませんでした。それどころか、古いカントリー・シンガーの一人だと思ってた。全く恥ずかしい話。その反省を踏まえて再評価した結果がこの記事なわけだけど、その割にそこそこのレビューが書けたなと思ってます・・・って自画自賛(汗)。
びっくりしたなあ、"Rowboat"。ものスゴい迫力だったと今でも思います。

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