黄昏に背を向けて / N.S.P

1977年 進藤むつみのおすすめCD (vol.53)

天野滋さん急死...フォークグループ「NSP」のリーダー

 「夕暮れ時はさびしそう」「線香花火」などのヒット曲で知られるフォークグループ「NSP」のリーダーでボーカル、天野滋さんが1日午後、脳内出血のため都内の病院で死去していたことが4日、わかった。52歳だった。葬儀・告別式は故人の希望で3日にメンバーと近親者で営まれた。(Yahoo! News より抜粋)


get "NSP"NSP天野滋 も、今はご存知ない方の方が多いのではないかと思います。70年代を代表するフォークグループといっても、派手な活動やパフォーマンスではなかったし、もしかしたらアルバムを聴いたとしても知らない曲ばかりと思われるかもしれません。

だけど、逆に派手ではなかった分、一度その魅力に取り憑かれたならば、きっと心の原風景のようになってしまうと思うんです。そう、素朴で繊細な彼等の歌の世界は、ひっそりとファンの心の中に生き続けているんです。


一関工業高等専門学校に在学中の 天野滋 (g)、中村貴之 (g)、平賀和人 (b)の3人で、NSP は結成されました。当初は 中村 がドラムスをプレイ、ハードなロック系の音楽を目指していたようです。ただ、ギターに持ち替えた時のが評判のが良かったため、フォーク系に移行。ポプコン本選会で "あせ" が入賞するなどでキッカケを掴み、シングル "さようなら" でデビューしたのは1973年の事でした。

翌74年、シングル "夕暮れ時はさびしそう" と収録したサード・アルバム "ひとやすみ" が大ヒット。彼等の曲は、まさに『叙情派フォーク』と呼ぶに相応しい内容でした。素朴・・・、ホントに素朴。だけど、心の中をこっそりと覗かせる歌の世界は、日本人の琴線に触れるものだったような気がします。そして、彼等の地元の風景を思わせる歌詞も、故郷を懐かしむ若者の心を掴んだのかもしれません。

76年にシングル "赤い糸の伝説" とアルバム "シャツのほころび涙のかけら"、77年のシングル "弥生つめたい風" とアルバム "明日によせて" なども順調。そしてこの頃には、日本全国のどこでコンサートを開こうともソールド・アウト。また、アルバム8枚の累計売り上げも100万枚に近付くなど、70年代を代表するフォークグループへと成長したのでした。


そして77年、彼等の9枚目のアルバムとして、この "黄昏に背を向けて" が発売されます。おそらくは素朴な彼等の中でも、最も地味なアルバム。しかしその後の活動を考えると、このアルバムが彼等のそれまでの音楽の集大成になっているような気がします。さらに天野滋の詩の世界も、この時期に完成したと思うんです。


このアルバムからの唯一のシングル曲 "北北東の風" は、実は売れませんでした。メンバーの強い希望で、シングルにしたみたいですけどね。愛し合う恋人達の想いを歌ってるんのですが、ホントにね、誰でもみんな感じる事だと思うんです。それほど当たり前の事を朴訥と歌っているのに、天野滋にしか表現できない歌世界がそこにあるんです。『こうして会ったのは何かのえんでしょう』『どこかの誰かさんを愛すのでしょう』という歌詞が、あたしの心に染みてきます。

このアルバムでは、"庭先に夕闇み" こそ叙情派を代表する曲でしょう。地味・・・なにしろ地味です。アコースティック・ギター2本のポジションを変えた3フィンガーは、当時のフォークの代表的なバッキングでしょう。だけど、ボソっと歌うヴォーカルが入ってくると、途端に心に入り込んでくるんですよね。『そろそろ君が通る時間』と歌っているのですが、『つかっけ』とか『水玉模様』とかまったく日本人の心ですよね。バイオリンやオーボエの音色も、その景色に溶け込んでいくようです。

"砂浜" が、あたしの一番のお気に入りのナンバーです。この辺の曲を聴くと、彼等は成長したなあって思うんですよ。イントロでのギターのアルペジオの繰り返しは、繰り返し寄せる波を思わせます。オブロガートのギターの追うように入るヴォーカル。天野滋は歌い方も地味なんです。だけどね、だからこそ自然に心に入ってくるんだと思います。そして2コーラスから入るリズムやピアノ、ピッコロなども、全てが無駄のない必然のような気がするんですよね。そして歌詞・・・は、相変わらず弱々しいのですが(笑)、少し大きな目で見てるようになりました。

このアルバム中一番のポップチューンは、"夕凪ぎの池" でしょう。ピアノを中心とした3拍子のアレンジは、強烈なスピード感を感じさせるものでした。ギター・ソロも派手だったし、この曲をシングルにするべきだったのでしょうね。そして、表現描写も絶妙。洗足池の回りの景色が目に浮かぶようです。『死んでも忘れないと背中をなぞった 君の指は痛くて 涙が出る程』という歌詞に、あたしは涙が出てきます


他にも、"あの夜と同じように" のイントロや間奏のマリンバも印象的だったし、"踊るダンスは君ひとり""五丁目二番地" のリズムを強調したアレンジも効果的。実はリズムの強調は、この先のアルバムで更に強くなるのですが、無理な感じが出てきちゃうんです。ところがこのアルバムでは、気持ち良いバランスに収まってるような気がするんです。

この "黄昏に背を向けて" は地味なため(ドラムが入ってないとかって事じゃないです)、どうしても見逃される事が多いと思うんです。だけど、初期の思いを綴っただけの曲でもなく、その後の経験を重ねて完成したサウンド。そしてこのアルバム以降の無理なアレンジもない、N.S.P としてちょうど良い時代のアルバムだと思うんです。


さて、その後の N.S.P の活動が不調だったわけではありません。78年のシングル "八十八夜" とアルバム "八月の空へ翔べ"、79年シングル "面影橋" とアルバム "風の旋律"、80年のシングル "愛のナイフ" とアルバム "彩雲"、あたりは、それ以前の彼等の曲と比べても有名かもしれません。だけどね、前述したように妙にリズムを意識し始めます。少しずつ無理が出てくるのは、時代の変化を意識しない訳にはいかなかったのでしょう。叙情派・・・という時代は、とうに過ぎていってしまったのでしょう。

年にアルバム1枚のペースを続けて活動していきますが、85年の "水と太陽" を最後に 中村貴之 が脱退。新メンバー2人を加えて再スタートを切った86年の "アポカリプス" で、今度は 平賀和人 が脱退。解散という形はとらなかったものの、事実上 N.S.P の活動は幕を降ろしました。シングル通算28枚、アルバムは通算21枚(含ベスト)、アルバム売り上げ合計は300万枚を越えていたそうです。天野滋 はソロ・アルバムを発表しますが、表立った活動はその1枚だったようです。


それが活動再開に繋がるのは、CDボックスセットの販売だったようです。ベストなどが発表されたのが2000年の事。01年のライヴ・ボックスを挟んで、02年ついにオリジナルメンバーでの復活です。その年にセルフ・カヴァー集 "p.s. NSP" とライヴ "NSP復活コンサート" を発表。コンサートツアーも行い、多少大きな会場でもチケットは売り切れになったようです。そして今年05年には、19年ぶりのシングル "水のせいだったんです" とニューアルバム "Radio Days" の発表となりました。

今後が楽しみ・・・だったんですけどね。リーダーの 天野滋 は昨年初めに大腸癌が見つかり手術をします。その後は復帰するものの、今年の6月には容体が悪化して再入院。発見の遅れから全身に転移していたそうです。そして7月1日、脳内出血のため死去しました。52歳です、若過ぎます。ホントに残念でしょうがありません。

少し遅れて、あたしは昨日の深夜にその事を知りました。彼等のオフィシャルサイトのBBSをはじめ、いろんなページを見させていただきました。だいぶ具合が悪かったようですね。たくさんのファンの方が、コンサートなどの様子をアップしています。辛かったのでしょう。苦しかったのでしょう。そして、残念だったのだと思います。だけどファンの方の心には、しっかりと N.S.P. の音楽が根付いています。忘れようがないんです。あれほど素晴らしい曲の数々を。

天野滋さんのご冥福を心からお祈りします。

黄昏に背を向けて
1. あの夜と同じように / 2. 北北東の風 / 3. 庭先に夕闇み / 4. 秋日(しゅうじつ) / 5. 星も見えない / 6. 砂浜 / 7. 五月雨(さみだれ) / 8. 踊るダンスは君ひとり / 9. 朝 / 10. 夕凪ぎの池 / 11. 五丁目二番地 / 12. 揺れるひととき
produced by N.S.P
N.S.P (web site: http://www.nspweb.net/
天野滋, 中村貴之, 平賀和人
Sigeru Amano
born on May 5, 1953 in Iwate, Japan; died of cerebral hemorrhage on July 1, 2005 (age 52).

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posted by 進藤むつみ on Summer, 2005 in 音楽, 1970年代, 日本

comments (6)

pecoは、ヒットするつもりだった?

  pecoちゃんはもう間違いなく『ヒット』だと思うよん♪

友人のドラマーが彼と仕事をしたことがあるので、どんな気分だろうなあと思ってます。
年も同じだしね。
そろそろ死のローテーションに入ってきたかな。

>peco♪
なぁに?、まだこれ以上何かを狙ってるの?(笑)。

>usagi3さん♪
あたしもヒットだとは思うんですけど、何もこの記事にって思う事が時々・・・。

>osaさん♪
ホントだ、準メンバーとしてアルバムにクレジットされてる時期もありますね。しかも年齢も同じなんですか・・・、相当複雑な思いでしょうね。
だけど、やっぱりダメですよ。早すぎます・・・若すぎます。あたしの50代前半のお友達がね、「最近具合が悪いんだ」なんて言ってたのを思い出して、もう泣きそうになってました。あたしイヤです。絶対に許しません。


今でもファンで、子守唄として、歌を聴いています。初期から後期まで、まんべんなく。そこでひとつ。
ふと、今頃になって気になっています。
「砂浜」の歌詞の舞台は、陸前高田市の奇跡の一本松の海岸だったのではと。

今となっては、天野さんにも確認できませんが、真相を知っている方、教えてください。

>しんのすけさん、はじめまして♪。コメントありがとうございます。
あたしにとっては、もう『原風景がここにある』って感じです。一番好聴く事が多いのは、やっぱり『黄昏〜』だなあ。ただ、一番好きな曲は『夕陽を浴びて』だったりします。
舞台は・・・どうなんでしょうね。永遠の謎になっちゃうかもしれません。
余談ですが、あたしは陸前高田に行った事がありまして、もっと復興が進んだら、もう一度訪ねてみたいなと思っています。(一関にも行って、夕暮れ時の河原を歩いたりもしましたがw)

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