Anodyne / Uncle Tupelo
アノダイン / アンクル・テュペロ 1993年
進藤むつみのおすすめCD (vol.55)
前回の Johnny Cash のご紹介では、カントリー音楽界からのオルタナ・カントリーへのアプローチのお話をしました。それまでのカントリーの枠に収まり切らなくなったサウンドは、まさにオルタナ・カントリーと呼ぶに相応しい音楽スタイルと言えるでしょう。ただし、オルタナ・カントリーというジャンルの主流は、パンクを中心としたロック・アーティストからのアプローチだと思うんです。
Son Volt, Wilco, the Jayhawks, Whiskeytown (=Ryan Adams), Blue Mountain, the Bottle Rockets・・・。1990年前後から、たくさんのバンドが同時多発的に登場しました。どのバンドも強烈な個性を持ち、またパンクやロックなどをベースにしながらも、強いカントリーへの敬愛が感じられます。表面的なサウンドだけカントリーを真似しているんじゃない、その精神をも取り込もうとしてると思うんです。このへんは60年代の後半、Gram Parsons や Michael Nesmith 等がカントリーにアプローチした『カントリー・ロック』に、とてもよく似ていると思います。
同時期に登場したミュージシャンが、お互いに影響を投げかけながら成長していくのだから、どのバンドが源流とは言えないでしょう。本当の意味ではカントリー・ロックにまで遡るでしょうし、70〜80年代にもその精神を守ってきたバンドはありました。しかし、90年代以降のブームと呼べるほどのオルタナ・カントリーの源流は、今回ご紹介する Uncle Tupelo と言っても良いと思います。登場した時代はもちろんですが、その後のシーンをリードする二人のアーティスト、なんと Son Volt を率いる Jay Farrar と Wilco を率いる Jeff Tweedy が組んでいたバンドだからです。
イリノイ州のベルビルという小さな町で Uncle Tupelo はスタートしました。ハイスクールの同級生だった Jay Farrar と Jeff Tweedy、そして Mike Heidom の3人は、Jay の兄のバンドに参加してパンク・ロックをプレイ。そして3人編成になる頃には、カントリーを中心としたルーツ音楽に傾倒。ただし、その頃からパンク・ロックを通した目で見たカントリーというスタイルを持ち、その後の彼等の音楽スタイルを感じさせるものであったようです。
90年にインディーズから、アルバム "No Depression" でデビュー。これが全ての出発点となります。パンクの衝動とカントリーの伝統という一見相反すると思われるスタイルが、1曲の中に同居・・・と言っても、この時期の彼等のサウンドはガレージと呼ぶ割合の方が大きいですけどね。そして Jay と Jeff、双頭バンドと呼ばれていても、まだまだ Jeff Tweedy は力不足。Jay Farrar の力が抜きんでていて、彼の頭の中にあったスタイルが、そのままバンドの音になっているような気がします。
91年には、そのままサウンドを発展させたセカンド・アルバム、"Still Feel Gone" を発表。徐々に Jeff らしさも出始めます。この二人のスタイルの違いが、聴いていて楽しいんですよね。92年、R.E.M. の Peter Buck のプロデュースによるサードは、全編アコースティック・スタイルで演奏。ただし、このアルバムは彼等の表現方法を、整理するために作られたような気がします。
そして93年、メジャー移籍第1弾としてこの "Anodyne" が発表されました。ここからドラムスが Ken Coomer に交代、そしてフィドルやスティール・ギターも十分にフィーチャーしながらのサウンドは、これまでのレベルを遥かに超えるアルバムとなったのです。もちろん楽曲の良さや、二つの個性のぶつかり合いも含めての完成度の高さを感じるんです。
オープニングの "Slate" だけで、これまでの彼等と違う事がわかります。もちろん『これぞルーツ・シンガー』と呼べる Jay Farrar のヴォーカルの素晴らしさは変わりませんが、ホントにしっかりと曲が纏まっているんですね。曲中を通してヴォーカルに絡む、フィドルの哀愁もタップリ♪。意地でパンクに拘るわけでもなく、素直なアメリカン・ルーツ・ロック。それなのに、オルタナ・カントリーとしての完成形を感じさせてくれるんです。この1曲だけで、どっぷりこのアルバムに浸かってしまう事受け合いです。
そして、"Anodyne" のスタイルも合わせて考えると、これが Jay の個性でしょう。このアルバムのベスト・テイクというだけでなく、バンドの歴史の上でも最良の曲のひとつだと思います。そして・・・やっぱり Uncle Tupelo って、彼がリードしていたバンドだと思うんですよね。声だけではなく、詩やメロディーだけではなく、個性的なギター・プレイだけではなく、パンクを通してカントリーにアプローチして、それが形だけにならなかったのは、彼のハートが本物だったからと思うんです。
"New Madrid" は Jeff Tweedy の曲。どちらかといえば『オルタナ寄り』のスタイルを得意とした彼ですが、カントリーっぽさを感じさせるこういう曲を聴くと、とてつもなく成長している事を教えてくれます。ファースト・アルバムの頃とは大違い。このくらい力が付いてくると、双頭バンドの面白さが出てくるんですよね。軽快なバンジョーの音色も良いです。だけど、Jay と比べちゃうからでしょうか。ヴォーカルがちょっと弱いんですよね。しゃがれた声に味はあるんだけど、このやる気のない歌い方は・・・やっぱり彼の味なのでしょうか(笑)。
"We've Been Had" は、もっとも Jeff らしい曲かもしれません。強烈なポップ・ロック。メロディーだけでなくて、曲自体が分かりやすいんですよね。その後の彼の活躍を予感させるようです。パンク・テイストは彼のほうが強いんだけど、根にあるものは相当ポップなんだと思います。だけど、それを表現する時に、暴力的になってくるだけなんじゃないかと思うんです。
この4曲だけでなく、アルバムを通して捨て曲はありません。新しいジャンルに挑戦しながら、デビューから3年でここまで到達したんですよね。これって Jay と Jeff の二人にそれぞれ力があったから、そして音楽が好きだったからでしょう。オルタナ・カントリー源流のバンドが作りだしたサウンドの完成形を、この "Anodyne" では楽しむ事ができます。あえて文句を言わせてもらうとしたら・・・、どの曲にも無理してフィドルやスティールを入れなくてもいいような気がしますけどね(笑)。
しかし、このメジャー・デビュー・アルバムが、Uncle Tupelo の最後のアルバムになってしまいました。ファンとしては2人の成長が楽しかったのですが、それがバンドというスタイルの中では良くなかったのかもしれません。
翌年のツアー終了後に Jay Farrar が脱退。Uncle Tupelo のカントリー色を更に進めたバンド、Son Volt を結成します。自分がリードしていたバンドなんだから、わざわざ違う形をとる事はなかったように思うんだけど、彼の個性がもっと前面に出ているんですよね。このルーツ色の強さは、もはや官能的と言える程なんです。
そして Jeff Tweedy は、このアルバムに参加したメンバー等を率いて Wilco を結成。これもわざわざ名前を変える必要はないような気がしますが、Jay がリードしていた Uncle Tupelo に対する拘りなのかもしれません。この Wilco はまさに Jeff らしく、オルタナ色を強調したようなサウンドを展開していく事になります。
Son Volt と Wilco・・・。その後のシーンの中心というだけでなく、特に Wilco は一般的なロックでも重要なポジションを示すようになります。それぞれのバンドのご紹介は、近いうちに機会を改めてと思うのですが、そんな彼等の始めの一歩、オルタナ・カントリーの源流に当たるサウンドを楽しんでいただきたいと思うんです。
(Yankee Hotel Foxtrot / Wilco へ続く)
- Anodyne
- 1. Slate / 2. Acuff-Rose / 3. Long Cut / 4. Give Back the Key to My Heart / 5. Chickamauga / 6. New Madrid / 7. Anodyne / 8. We've Been Had / 9. Fifteen Keys / 10. High Water / 11. No Sense in Lovin' / 12. Steal the Crumbs
- produced by Brian Paulson / recorded at Cedar Creek Recording, Austin, TX
- Uncle Tupelo (web site: http://uncletupelo.com/ )
- Jay Farrar, Jeff Tweedy & Ken Coomer
- Jay Farrar (web site: http://www.jayfarrar.net/ )
- born on December 26, 1966 in Belleville, IL
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