Tricycle / Johnny, Louis & Char
Tricycle / ジョニー、ルイス&チャー 1980年
進藤むつみのおすすめCD (vol.70)
偶然に生まれるサウンドがあります。時代にピッタリはまったとか、コンセプトがミュージシャンに合っていたとか、参加しているメンバーやスタッフとの相性が良かったとか、色々な要因でそうなるんだと思う。だけど、そうして完成したサウンドが素晴らしいものだった時、あたしはホントに嬉しくなってしまうんです。そして・・・それが他で聴く事ができないほど個性的なものだった時には、ますますそう思う♪。この "Tricycle" は、そんなアルバムの1枚なんです。
中学時代からスタジオミュージシャンとして活動を始めた Char。天才ギタリストと謳われ、高校時代には金子マリ、鳴瀬喜博らと伝説と呼ばれる Smoky Medicine を結成。76年にNSPの天野滋の詩によるシングル "Navy Blue"、同年にアルバム "Char" でようやくデビューを飾りますが、時代が時代、ミュージシャンとしての道は簡単ではなかったようです。
そんな彼の名を世間に知らしめたのは、翌年、歌謡曲路線に転向してからの3曲でしょう。"気絶するほど悩ましい", "逆光線", "闘牛士"。この3曲の詞は、当時最も売れっ子だった作詞家阿久悠の手によるもの。売る事を念頭に、かなり割り切って活動していたようです。しかし、77年のアルバム "Have a Wine" を経て78年にサード "Thrill" を発表する頃から、彼のその後を変えるいくつかの出来事があったんです。
まずはその "Thrill" のレコーディングに、ブレイクする前の Godiego のメンバーが参加し、そのまま Char with Godiego としてコンサート・ツアーに入った事。実力派ミュージシャンとの共演は相当に Char を刺激、プレイヤーとして得るものは大きかったものの、プロモーションの問題から決裂し、逆にフラストレーションを溜めてしまったようです。
ただ、ツアーを終える頃にミッキー吉野の紹介で、やはり実力派であり個性的な元ゴールデン・カップスのルイズ・ルイス加部を紹介されます。そして元イエローのジョニー吉長とも共鳴し、Johnny, Louis & Char を結成・・・したところで、Char に薬物疑惑が浮上(不起訴)。活動停止を余儀なくされ、しばらくは完全に干されてしまったのです。
しかし、彼等はじわじわと、そして爆発的なパワーを秘めて活動を再開します。翌79年7月に日比谷野音で1万4千人を動員したフリー・コンサートを行い、そのライヴ・アルバム "Free Spirit" を限定版(当時)として発売。足下が固まったところでリリースされたのが、この "Tricycle" でした。
幾つもの思いがあったと思うんです。デビュー当時はロックで食べるのは難しかった時代で、無理してアイドル路線に向かうしかなかった。実力派同士の共演をしても、単純に演奏を楽しむ事はできなかった。共鳴するミュージシャンと出会えたのに、活動を干されてしまい復活できるかどうかもわからなかった。
そこで彼が感じたのは、売る事や他人の評価なんか関係ない、自分が納得できるプレイをする事だったんとあたしは思うんです。だって、そう思うしかないくらい自由で、独創的で、個性的なアルバムを届けてくれたんですもの。なんともジャンルも時代もベースになってる音楽もハッキリしない、不思議なアルバムなんです。
いくつものスタイルの曲が収録されています。基本的には、自分達が好きだった音楽を持ち寄っただけかもしれません。だけど、普通それが1枚のアルバムにまとまるか?と言いたくなるほど、バラエティに富んでいる。
アコースティックなロックは、自分達の歴史を歌った "Stories" があり、また、最初はギター弾き語りに思える "Song in My Heart" があります。ブルージーでジョニー吉長のヴォーカルが映える "Cloudy Sky" もここかな?。この中で特筆すべきは、シングルにもなった "Song in My Heart" でしょう。美しいテンションのかかるアコースティック・ギターです。しかし、この曲はエンディングに向けて静かに盛り上がっていきます。倍テンポになってからは完全にロックですね。彼等はやはりロック・トリオだという証なのだと思います。
もちろん、ハードなロック・スタイルの曲もあります。"Get High" なんて、ベースが煩いですって(笑)。こんなにリード・ギターみたいに弾きまくる必要があるのかな?。もっとズッシリとリズムを刻んだ方が重くなると思うんだけど、それが彼等のスタイルなのでしょう。そして、アルバム中最もハードな "Finger" は、最初から最後まで 7th#9 で押し通す頑固さ。前述の "Stories" の中で 'You're Like Jimi Hendrix' って言ってるのは、こんなプレイをするからなんですよね。途中で3/4拍子に変わるのも、あたし好みです♪。
また、このアルバムを年代不明の不思議なモノにしてるのは、オールド・アメリカン・ポップス調の "Restaurant", "Scooter", "Balcony" の3曲だと思います。ボサっぽいリズムに乗せて、どの曲もインストと呼んでいいほど Char のギターが弾きまくる。そんなに綺麗なギターを弾く人じゃないんですけどね。強烈な個性を感じさせてくれるのは、コードの押さえ方が独特なんだと思うんです。まあ、後の彼のプレイほどじゃありませんけどね。
そして、もう1曲の不思議音楽は、タイトル・ナンバーの "Tricycle"。この緊張感は、サスペンス調の映画音楽?。いや、だけど後半のスピード感はジャズっぽさも感じさせるし、サイケの香りもしてくるような気がする。美しいアコースティック、Jimi Hendrix 風ロック、オールド・ポップスときて、この曲が年代不明を極めています。もちろん、盟友金子マリの参加は嬉しいトコロですけどね。
これほど様々な曲を収録しておきながら散漫な印象がないのは、彼等3人とも実力派なのはもちろん、時間をかけてじっくりと作り上げられたからかもしれません。リハーサルを重ねながら活動停止に追い込まれましたからね。
それと、ここで全部出し切るっていう、意識が強かったのもあるかもしれない。バンドというより、3人でプレイしてるつもりだったんじゃないかしら?。プレイを重ねるうちにバンドらしくなってくるって、何かで読んだ事があるような気がするんですよ。これって、バンドを組んだ事がある人はみんな感じる事だと思うけど、だんだん相手の好みがわかってくるんですよね。そのうちお互いの趣味が近くなって、無意識に相手好みのプレイが出るようになったりする。
そういう事を目指す、途中経過がこのアルバムだったのかも。それが偶然を生みだして、他には聴いた事のない不思議アルバムになった原因なのかもしれません。
翌81年、Char は TOTO の Steve Lukather との共同プロデュースで、L.A.録音のソロ・アルバム "U.S.J." を発表。それをしっかり自分のものとして、ユニバーサル・シティーで "OiRA" を録音。Johnny, Louis & Char のセカンド・アルバムとして発表されます。これが時間は短いけど良いアルバムなんだ。音がシャープに締まってきてるし、ハードなロック・バンドになってきてる。
そして彼等は82年、バンド名を Johnny, Louis & Char から Pink Cloud に変更しました。もはや3個人の集まりではない、バンドになったという意識だと思います。それを証明するように83年には、背筋が寒くなるほど完成度の高いアルバム "Pink Cloud" をリリース、日本の音楽史上、屈指のロック・トリオと呼ばれるようになったのでした。
実質80年代の後半には活動停止状態になっちゃって、Char もソロや Psychedelix としての活動になってくる。スゴク残念な事だし、このトリオなら再結成して欲しいと思うくらい。だけど、こうして振り返ってみると "Tricycle" が生まれた背景にはいろんな事の組み合わせがあって、もし再結成したとしても2枚目の "Tricycle" は生まれないんだろうとあたしは思うんですよね。
- Tricycle
- 1. Stories / 2. Get High / 3. Restaurant / 4. Scooter / 5. Song in My Heart / 6. Peak / 7. Finger / 8. Cloudy Sky / 9. Cold Air in House / 10. You're Just Wrong / 11. Tricycle / 12. Balcony
- produced by Char / recorded at Hitokuchizaka Studio, Tokyo.
- Johnny, Louis & Char
- ジョニー吉長(吉長信樹), ルイズ・ルイス加部(加部正義) & チャー(竹中尚人)
- Char (web site: http://www.char-net.com/ )
- born 竹中尚人 on June 16, 1955 in Shinagawa, Tokyo.
post a comment