As Time Goes By / Carmen McRae

アズ・タイム・ゴーズ・バイ / カーメン・マクレエ 1973年
進藤むつみのおすすめCD (vol.71)

get "As Time Goes By"ジャズ・ヴォーカルの弾き語りっていったら、誰を思い浮かべますか?。えっ?、Nat King Cole?。うん、そりゃあ定番だ。だけど、ちょっと後期のシンガーのイメージが強すぎる気がします。まあ、それぞれにお気に入りの弾き語りアルバムをお持ちだと思いますが、もしかしたら最近の Diana KrallNorah Jones を思い浮かべる人が多いのかもしれませんね。

あたしは・・・といえば、Carmen McRae なんですよ。"As Time Goes By" というライヴ・アルバム。このアルバムって本当のソロなんですよね。収録された10曲すべてで、彼女のヴォーカルとピアノだけしか聴こえてこない、唯一の全編ピアノ弾き語りになるのかな?。あたしのとっておきの一枚を紹介させてもらいたいと思います。


Carmen McRae 本人について、説明する必要はないでしょう。Billie Holiday を一つ上の別格とすれば、Ella Fitzgerald, Sarah Vaughan と共に、3大女性ジャズ・ヴォーカリストと呼ばれるくらいですから。ただ、一つだけ言っておくとすれば、彼女は最初はピアニストとして認められて、ピアニスト/シンガーとして Count Basie, Benny Carter のバンドにいた事でしょうか。

だから、30歳台に入ってソロに転向した後も、たびたびピアノの弾き語りで録音していたようです。だけど、いつもじゃない、そしてホンの数曲ずつだったというのは、やっぱり簡単な事ではなかったのかもしれません。それが、いきなり全編弾き語りのライヴを録音するのには、レコード会社の企画と説得が大きかったみたいです。そう、これって日本での企画盤なんですね。

ライナー・ノートに書いてあるんですよね。『弾き語りという希望をぶっつけた』 『そんなのアメリカでもやったの事ない』『最も純粋で、そして完全なあなたの音楽が欲しい』『弾き語りの持ち歌は3つばかりしきゃない』『たとえあなたが1曲しか歌えないとおっしゃっても、喜んでその1曲のためにレコーディングの用意をする』  ・・・・うーん、殺し文句ですね。

それが、できそうな歌を挙げているうちに10曲揃ったという事なんだけど、このアルバムを聴くと、何で今まで全曲弾き語りのアルバムを録らなかったのか不思議なくらい良いんです。上手い・・・のはもちろん上手いんだけど、そうじゃない。なんというかシックリとくるんですね。前述の遣り取りの中の『純粋』という事なのかもしれないけれど、これこそが Carmen の歌であり、彼女を最も生かした形だったんじゃないかと思えるんです。


オープニングの "As Time Goes BY" のさりげないイントロのピアノ・・・、そして 'ah...' と一声が入った後に Carmen の語り掛けるようなヴォーカルが聞こえてくる。彼女はすごく歌詞を大切にするシンガーで、いつも語りかけてくる感じがするんですね。それが説得力に繋がってるような気がしてる。それが、いつもにも増して近くから声を掛けられてるような気がして、あたしは今まで聴いた中で一番 'as time goes by' という言葉が心に染みてきたんです。

"More than You Know" もそうですね。ピアノはちょっとゴツイところがあるし、弾き語りだから無理があるのか、ヴォーカルもいつも程には前に出ない・・・っていうか、少し控えめな感じがするんです。頑張りすぎてない。それなのにやけにシックリくるのは、ピアノとヴォーカルが一体になってるからなのかもしれません。そうか、こういうピアノで歌いたかったのね・・・って思っちゃうくらいなんですよね。

"the Last Time for Love" は震えがきます。そのくらい彼女の気持ちがストレートに伝わってくる。・・・ああ、知らなかった。これって曲も自分のなんだ。パーフェクトな彼女の世界なんですね。弾き語りという制限がある中でこれだけ説得力を感じさせるのは、逆にすべて自分ひとりだという事が、自由に繋がったのかもしれません。

"but Not for Me" も、しっとりと歌い上げます。実は、このアルバムって全曲がバラードなんですね。彼女のレパートリーから、そうなっちゃったそうな。ピアノもパターンを変えてみたり、時にスキャットを入れてみたりと工夫してはいるけど、所詮バラードという枠の中だから飽きちゃう・・・かといえば、全然そんなこと無いんですよ。逆に、だからこそ心地よい一つのトーンに包まれているような気がしてくるんです。

このライヴは、ハード・スケジュールを縫ってのものだったようです。来日してから弾き語りの企画が持ち上がって、このライヴもその日、少し前にコンサートが終わったばかりで行ったとの事。練習もきっとリハーサルの合間にしていたんでしょうね。それで、このクオリティですからね。しっかり時間を取って録音したら、いったいどれ程のアルバムができあがったのかしら?。いえ、それ以前に何でそれまでになくて、このアルバム以降も全編弾き語りで録音しなかったのか、あたしは不思議に思うくらいなんです。


Carmen McRae のアルバムといえば、初期の "Book Of Ballads""after Glow"、70年代の "the Great American Songbook" や晩年の "Carmen Sings Monk"・・・。たくさんの名盤はあるものの、あたしのとっておきの一枚はこの "As Time Goes By" しかないなと、今日CDを聴き返して改めて思ったのでした。

As Time Goes By
1. As Time Goes By / 2. I Could Have Told You So / 3. More than You Know / 4. I Can't Escape from You / 5. Try a Little Tenderness / 6. the Last Time for Love / 7. Supper Time / 8. Do You Know Why? / 9. but Not for Me / 10. Please Be Kind
produced by Tetsuya Shimoda / recorded live November 21, 1973 at the Jazz Club DUG, Tokyo, Japan.
Carmen McRae
born on April 8, 1920 in NYC; dead on November 10, 1994 (age 74).

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posted by 進藤むつみ on Winter, 2006 in 音楽, 1970年代, ジャズ

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