Goodnight Rhonda Lee / Nicole Atkins
2017年
進藤むつみのおすすめCD (vol.78)
俳優の方が演技をする場合、テレビと舞台では少し違ってくると思うんです。テレビの方がナチュラルっていうのかな。舞台の方が過剰な大きな演技になるんだと思う。その方が、舞台では伝わりやすいからだと思うんですよね。
対して、シンガーの場合もやっぱり演技をしていると思うんです。ロック・スターを演じるっていうんじゃなくて、例えば彼女の場合だと Nicole Atkins って歌手を演じているんじゃないかと思う。そして、その演じ方がね、彼女の場合、少し過剰なような気がするんです。思えば『Roy Orbison が父』と、自らのベースを語る彼女なんですよね。確かに Roy Orbison は過剰に自身を演じ切っている。その影響が、彼女の特徴的なヴォーカル・スタイルに現れているような気がするんです。
Nicole Atkins は New Jersey 州生まれ。大学入学後、曲を書き始めてバンド活動を始めます。本人は『アメリカーナ、60年代、インディーロックのミックス』と言うように、彼女のベースには、カントリー・ソウルやブリルビルディング時代の音楽があるんだけど、打ち込みを中心にデモテープを作ったり、サイケっぽさがあったりと、色んな要素が混在していたような気がします。
そんな彼女のデビュー・アルバム "Neptune City" は、何とスウェーディッシュポップを世に広めた Tore Johansson のプロデュースになります。キャッチコピーは、 Roy Orbison と Wilco を引き合いに出して、『アメリカーナ とインディ・ロックの融合』・・・らしいんですけどね、音楽誌で評価はされていてもセールス的には伸び悩み、あたし個人としてもあまり評価できなかったりします。
なんて言うのかな。現代のポップスなんだけど、ベースにそこはかとなくソウルを感じさせるスタイルをとっている。 ・・・それが、分かり難いんですよね。表面のポップさだけで、多くの人は聞き流しちゃったような気がします。それは New York 録音となったセカンド "Mondo Amore" でも、再び Tore Johansson のプロデュースで録音したサードの "Slow Phaser" でも変わりはしなかった。まあ、少しずつ良くはなっていたんですけども。
ここで、Nicole Atkins にどんな心境の変化があったのか分かりません。デビュー10年を超え、自らのルーツを振り返ったのかもしれない。Single Lock Records に移籍して自由になったのかもしれないし、逆にレコード会社から求められたのかもしれない。ただ一つ言えるのは、彼女は小細工をする事なく、素直に自らのベースになる音楽の表現をはじめたんです。これがね、凄く良い。もう、あたしの心に訴えてくるんですよね。
Chris Isaak との共作、オープニングの "a Little Crazy" は珠玉のバラード。もうね、1960年のオールディーズそのものと言って良いくらい。個人的には、それまでの Nicole の最高傑作じゃないかと思います。そして、歌い方なんですよね。潰れた喉は、決して美しい声だとは言えない。なのに、この表情の豊かさはどうだ。彼女はね、 Nicole Atkins をいう歌手を上手に演じている。それが、歌の魅力を何倍にも増幅させていると思うんです。
この曲を初めて聞いた時、あたしはオープニングじゃなくて、エンディングにこそ相応しいんじゃないかと思ってました。このバラードの余韻に浸りつつ、アルバムを聴き終えたいと思ったんですよね。そして最後のワンフレーズ、 'getting over you' という歌詞を残して、あと僅かほんの1小節というところで、2曲目の "Darkness Falls So Quiet" にカットチェンジした時に、あたしはぶっ飛びました。何だ、これは?。 余韻をあえて感じさせないつもりなのか?。
何回かアルバムを聴いた後、あたしはプロモーション・ビデオを探したんですよ。そう、ビデオだと普通にしっとりと終わっているんですよね。って事は、アルバム用のギミックってことか。60年のシンガーだと、こういう事はしなかっただろうなあ。やっぱり彼女は、2000年代のアメリカーナの歌手の証なのかと思います。
まあ、2曲目の "Darkness Falls So Quiet" も良い曲なんですけどね。この曲もバラードなんだけど、ダークネスな香りがして、あたしとしてはこちらの方が好み。ほぼ全曲が誰かとの共作な中で、唯一の彼女単独の作品。この曲も1曲目も、ストリングスの響きが生きています(ストリングスアレンジも彼女)。・・・消えたはずの 'getting over you' がこの曲のイントロにあるのは、洒落でしょうけどね(笑)。
奇妙なリフが全編を通して鳴っている "if I Could" は、 Louise Goffin との共作。 Goffin & King 風といえば良いのかな?。この曲に限らず、 Nicole Atkins は印象的なリフの曲が多くあります。もしかしたら、かつて打ち込みを中心にデモテープを作っていた名残かもしれません。
あたしの一番のお気に入りは、"Brokedown Luck" です。パラパラとピアノがアドリブを弾いた後、ドラムスのフィルインが入り、そして低音のピアノのリフが鳴り始める。いやあ、こういう展開大好きです(笑)。勇ましいリズムに載せて Nicole のシャウトが映えるんだけど、ホントに彼女は自分の声がどう響くかを分かってる。 ・・・っていうか、そんな風に演じていると思うんですよね。
バラードからアップテンポまで、どの曲もオールディーズの香りを感じさせながら、しっかりと Nicole Atkins の曲になっている。それは、彼女にとってこのサウンドが真似じゃないからだと思います。だって、これは彼女そのものなんですから。そして、先人達のサウンドへのリスペクトがあってこその、この Goodnight Rhonda Lee なんだと思う。ベースになる音楽を追い続けていた、まさに彼女だけが辿り着けた、高みなんだと思うんです。
そして2020年、Texas から Alabama の Muschel Shoals にレコーディング・スタジオを移して、5th アルバム "Italian Ice" が発表されました。これもまた傑作。 Goodnight Rhonda Lee と甲乙つけ難いくらい。だた、方向性はそのままに、少しだけストレートさがなくなっているのがマイナス1点。だけど、これだけハイレベルなアルバムを続けて発表できるのは、彼女が絶頂期にある証拠かも。まだ暫くの間、 Nicole Atkins からは目が離せないかもしれません。
- Goodnight Rhonda Lee
- 1. a Little Crazy / 2. Darkness Falls So Quiet / 3. Listen Up / 4. Goodnight Rhonda Lee / 5. if I Could / 6. Colors / 7. Brokedown Luck / 8. Love Living Here / 9. Sleepwalking / 10. a Night of Serious Drinking / 11. a Dream without Pain
- produced by Niles City Sound / recorded at Niles City Sound, Fort Worth, TX
- Nicole Atkins
- born on October 1, 1978 in Neptune, NJ.
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