Black Ship / Sadistic Mika Band

黒船 / サディスティック・ミカ・バンド 1974年
進藤むつみのおすすめCD (vol.28)

get "Black Ship"仮に聴いた事がなかったとしても、この "黒船" を知らない人はいないでしょう。このアルバムは、日本のロック史に燦然と輝く歴史的名盤です。そして、サディステック・ミカ・バンド を率いた 加藤和彦 は、日本が世界に誇るべき最高のアーティストだと思うんです。


加藤和彦 は、"帰ってきたヨッパライ" のヒットで知られる フォーク・クルセイダーズ から音楽活動をスタート。このバンドはその先進性から注目を浴び、日本の音楽界に大きな影響を与えますが、わずかな活動期間で解散してしまいます。そして、解散後すぐにソロ活動を始めた彼が、1971年に ミカ夫人、ドラムスの つのだ☆ひろ"サイクリング・ブギ"(翌年デビュー・シングルとして発売)をお遊びで録音した事が、ミカ・バンド 結成のきっかけになります。

73年、デビュー・アルバム "サディスティック・ミカ・バンド" を発表。この時点でのメンバーは 加藤夫妻 の他、ギターに 高中正義、ベースに 小原礼、ドラムスに 高橋幸弘 と、その後の日本の音楽界になくてはならない名前が並びます。加藤和彦 の一歩進んだ音楽性、大胆でありながら確実な演奏、高いファッション性など、それまでの日本のロックにはなかったモノを取り入れたこのバンドは、イギリスの有名音楽誌 NME でも紹介される(英国で発売されるのは翌年)ほどの注目を集めました。

そして74年、プロデューサーに Chris ThomasRoxy MusicProcol Harum、後には the PretendersInxs をプロデュース。Pink Floyd"the Dark Side of the Moon" のミキシング・エンジニアとしても有名)を迎えて、"黒船" は製作されます。録音時間は、当時としては桁外れのなんと450時間!。『黒船来航』をテーマにしたこのコンセプト・アルバムは、各曲のレベルの高さ以外にアルバムを通してのトータルの流れからも、名盤と呼ぶに相応しいアルバムになりました。(キーボードに 今井裕 が加入。細かいメンバーの出入りは他にもありますが、この先も主要メンバーでのみのお話にします)

オープニングの "墨絵の国へ" から "何かが海をやってくる" へのメドレーだけで、このアルバムの素晴らしさが分かると思います。嘉永六年(1852年)がテーマですから、どこか東洋的な味わいを感じさせながら、加藤和彦 の音楽センスが光ります。やはり常に時代の一歩先を歩いてきた人です。いえ、その後の活動にしてもそうですけどね。そしてバンドの演奏の素晴らしさにも、触れなければなりません。特に 高橋幸宏 の、パワーに頼らずにセンスで叩くドラムスは、後の活躍を感じさせます。

ファースト・シングル "タイムマシンにおねがい" は、彼等の演奏でなくても、誰しも一度は聴いた事があるでしょう。ポップでキャッチーな分だけ、時代を感じてしまうのはご愛嬌でしょうか。

そして "黒船" 三部作が続きます。パート3の "嘉永6年6月4日" は、高中正義 のソロ活動での方が有名かもしれません。だけどこのメドレーは、ぜひ3曲通して聴いてもらいたい!。黒船来航その時の騒動が、目に浮かぶような気がします。そして、この 高中正義 のギター・プレイを聴くだけでも、このアルバムを聴く価値があると思います。

イギリスでのファースト・シングル "塀までひとっとび" の、ファンキーさにも驚くものがあります。だけどこのアルバムは、通して聴いた時の流れを楽しんでもらいたいと思います。なにしろ、レベルの高い全ての曲が、少しも浮き上がってないのですから。


"黒船" は翌75年、米国・英国と続けて発売されました。また彼等は、サード・アルバム "Hot Menu" を同じ Chris Thomas のプロデュースで録音(ここからベースが 後藤次利 にチェンジ)しますが、これだけで ミカ・バンド のお話が終わるわけではありません。なんと サディスティック・ミカ・バンド は、Roxy Music のサポート・アクトとしてイギリス・ツアーを行いました。10月2日から24日まで計18回、サポートといっても各会場で10曲の演奏です。

これは大反響を巻き起こしました。また、テレビ・ラジオなどへも積極的に出演する事で、ミュージシャンの間にも名前が知られて行きます。新聞や音楽誌の評価も高く、各メディアは揃って絶賛。NME誌に至っては、一面ぶち抜きで紹介するほどでした。これって、考えてみればものすごい事です。30年近く前なんですよね。しかも、彼等は日本語で歌っていたんです。言葉の壁を越えてでも、音楽ファンに伝わるものがあったのだと思います。音楽センス・演奏力・ファッション性の、全てが評価されたのでしょう。まさに大成功のイギリス公演になりました。

しかし サディスティック・ミカ・バンド は、帰国した直後の11月(サードの "Hot Menu" が発売された月でもあります)、加藤和彦・ミカ 夫妻の離婚により、まさかの解散をしてしまいました。残された4人のメンバーは サディスティックス として活動を始めますが、歴史を作る事にはなりませんでした。まもなく 高中正義 はソロ活動に転向、フュージョン・ギタリストとして一世を風靡します。また、高橋幸宏YMO に参加。彼もまた、テクノ・ポップの歴史を切り開く事になります。

この解散はホントに惜しまれます。日本のロック史上最大の損失です。あと1〜2年でも活動を続けていたならば、日本のロックの歴史はまったく違うものになった事でしょう。その違う歴史を、見てみたかったと思うんです。


加藤和彦 はソロ活動に戻りますが、ヒットを飛ばす事はありませんでした。だけど、彼ならではの、先進的でレベルの高いアルバムを発表しています。最近再発売されたヨーロッパ三部作、"パパ・ヘミングウェイ""うたかたのオペラ""ベル・エキセントリック" は、もっと高い評価を受けるべき作品でしょう。特に "ベル・エキセントリック" !。セールス的には成功とはいえないものの、一度は聴いてもらいたいアルバムです。加藤和彦 でしか表現する事ができない、独特の世界がそこにあります。・・・ものすごく暗いアルバムなんですけどね。


[追記: 2009年10月17日、加藤和彦さんが死亡しているのが見つかりました。ご冥福をお祈りいたします。]

Black Ship
1. 墨絵の国へ / 2. 何かが海をやってくる / 3. タイムマシンにおねがい (Time Machine) / 4. 黒船(嘉永6年6月2日) (Black Ship (June 2)) / 5. 黒船(嘉永6年6月3日) (Black Ship (June 3)) / 6. 黒船(嘉永6年6月4日) (Black Ship (June 4)) / 7. よろしくどうぞ / 8. どんたく / 9. 四季頌歌 (Four Seasons) / 10. 塀までひとっとび (Suki, Suki, Suki) / 11. 颱風歌 (Typhoon) / 12. さようなら
produced by Chris Thomas
Sadistic Mika Band
加藤和彦, ミカ, 高中正義, 小原礼, 高橋幸宏, 今井裕
Kazuhiko Kato
born on March 21, 1947 in Kyoto, Japan; found dead on October 17, 2009 (age 62).

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posted by 進藤むつみ on Winter, 2004 in 音楽, 1970年代, 日本

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