the Wall / Pink Floyd

ザ・ウォール / ピンク・フロイド 1979年
進藤むつみのおすすめCD (vol.57)

get "the Wall"the Dark Side of the Moon / Pink Floyd から続く)

どのバンドにも歴史があるように、Pink Floyd も幾つかの時代に分ける事ができます。まず最初は天才 Syd Barrett が在籍したデビュー当時。この時代のアルバムは "the Piper at the Gates of Dawn" だけなのですが、他の時代と一緒に考える事はできないでしょう。

そして第2期は、68年の "a Saucerful of Secrets" から72年の "Obscured by Clouds" まで(通常のスタジオ盤3枚とサントラ2枚、ライヴと実質ソロのカップリング1組)。第3期は "the Dark Side of the Moon""Wish You Were Here" の2枚。ここまでは、前回の "the Dark Side of the Moon" の中でお話してきました。

もちろん人によって見方は違うと思います。2期と3期を合わせて考えるのもアリだし、3期と今回お話する時代を合わせる考えもありでしょう。ただ、あたしはこれからお話しする、Roger Waters が強烈なリーダーシップをとった時代は分けて考えたいと思うんです。そして、その後にもう一つ訪れる時代も・・・。


まさにプログレッシヴ・ロックの金字塔と呼べる "the Dark Side of the Moon" (73年)、英米とも1位になりながら発売当時は評価が低かったのもの、その後再評価される事になる "Wish You Were Here" (75年)。この2枚で Pink Floyd は自らのサウンドを完成させ、そしてリーダー格としてバンドを引っ張ってきた Roger Waters は、コンセプト・メーカーとしての自信を深める事になります。

77年にアルバム "Animals" は発表されました。内省的な前作とは正反対の、彼らにしては最も外部に向けたメッセージ(社会批判と文明批判)。サウンド的にも暗くて重いこのアルバムは、Roger の思い描くコンセプトを上手く表現する事ができなかったんだと思うんです。うん、失敗作と言っちゃってもいいでしょう。そして・・・この暗く思い空気は、当時のバンド内の人間関係が表れていたのかもしれません。なにしろ Roger と他の3人は、ツアーでの移動を別々にしていたという程、関係が拗れていたといいますから。

"Animals" のツアー終了後、David GilmourRichard Wright はそれぞれソロアルバムの製作にとりかかりました。このうち David のアルバムについては、簡単にでも触れなければならないでしょう。ポップなんですよ。Pink Floyd の中のポップさは、David のモノだったという証明になると思います。


そして二人がソロ活動をしている間に、Roger Waters は着々と新作の準備をしていました。それは今までにない程のリーダーシップを発揮して、まるで彼のソロ・アルバムのような独裁体制を考えたものでした。それを成功させるために、前作での反省を生かしプロデューサーに Bob Ezrin を迎えて "the Wall" は作られたのでした。

"the Wall"。2枚組26曲の大作。4曲を除く全てが Roger Waters 単独の作品。当初 Roger は3枚組のコンセプトを持ちながら、Bob Ezrin の強烈な反対で2枚に纏めたといいます。その独裁体制はまるで他のメンバーを一ミュージシャンとして扱い、様々な効果音も、全ては Roger の頭の中にあったものだそうです。これだけのボリュームを、わずか8ヶ月でレコーディングしたといいます。はたしてこれは Pink Floyd のアルバムなのでしょうか?。それとも彼のソロ・アルバムなのでしょうか?


アルバムを聴きながら考えてみましょう。トータル・コンセプトはたいしたモノです。前作のツアー中に感じた観客とのギャップをヒントに、社会の中にある『壁』を表現するのですが、これが見事なストーリーとして完成しています。

主人公の生から始まり、だんだん孤立していくさま、ロック・スターとしての成功、宗教的なカリスマ、壁の崩壊が解放に繋がる事・・・。どこかで聞いた事のあるストーリーですが(笑)、自然に流れるように存在します。父親がいないトコなどは自らがモデルなのでしょうが、Syd Barrett をモデルにしてる部分もあると思うんです。かつてオマージュとして描いた Syd が、ここではただのモデルなんですよね。Roger は完全に彼を乗り越えたのだと思います。

そしてサウンドや効果音。ひとつのトーンに支配されたサウンドも見事でしょう。どこをとって聴いたとしても、"the Wall" の曲だと分かります。今までの彼らとは違うクッキリとした音像も印象的です。効果音も無駄がありません。この辺は83年に Alan Parker 監督によって映画化されたフィルムを見ると (Bob Geldof 主演)、更にその感じを強めるでしょう。なるほど、この効果音はこういう意味だったのね・・・って。もっとも、監督がそれを上手く生かしただけかもしれませんけども。


アルバムとして考えると、やはり上手くできていると思います。少し暗いですけど、テーマからいえば仕方ないでしょう。それでは個々の曲を聴くとどうでしょうか?。

"Another Brick in the Wall, part 2" は、彼ら唯一の全米1位になった曲。また、イギリスでも久しぶりにシングル・カットされました。しかし『教育なんていらない、思想統制もいらない』や『みんなひとつの煉瓦なんだ』という歌詞を、曲の中で子供達のコーラスで歌わせた事により、各国で放送禁止になりました(笑)。
まあそれは置いといて、やっぱり分かりやすい曲ですよね。ハッキリした音も非常にアメリカ的。このアルバムの中で象徴的な曲といってもイイでしょう。

"Hey You" は暗さの代表曲。特徴的なアコースティック・ギターのアルペジオからして、いい曲なんですけどね。ただ Roger Waters 的というか、ズーンと沈んでいく重さがあります。もちろんそれが彼の特徴のひとつではあるけれど、Pink Floyd が暗いイメージで捉えられるのはそのでせいだと思うんです。

"Comfortably Numb" が、このアルバムの中での最高傑作です。いえ、全ての Pink Floyd の曲でもベスト3に入りますね。この曲は Roger WatersDavid Gilmour の共作ですが、おそらく詩が Roger で曲が David でしょう。独裁体制の中での David の意地を見る事ができて、あたしはとても嬉しくなっています。このギターソロを聴くと、元々彼がブルース・ギタリストという事を再確認できます。

"Run Like Hell"Roger-David の共作。これは強烈なポップです。前述のソロの話で触れましたが、Pink Floyd のポップさは David のものだと分かるんですよ。この2曲があって良かったと思います。暗いトーンのこのアルバムの中で、救われるような思いがしますからね。

このように取り上げれば素晴らしい曲もあるのですが、個別に見た時には弱い曲が多いんです。短いつなぎ的な曲に思うだけでなく、おそらく Roger が核として作った5分強の "the Trial" でさえも、増長さを感じてしまうんですよね。全曲作詞は Roger はOK。だけど、やっぱり曲作りは全員協力体制じゃないと、Pink Floyd としての魅力が半減してしまうみたいです。


さて、それではこの "the Wall" の評価はどうしましょうか。Pink Floyd はアルバムを通して・・・と考えれば、十分過ぎる程楽しめると思います。事実、世間では "the Dark Side of the Moon" と並ぶ傑作と評価されているのですから。ただ David Gilmour ファンのあたしとしては、Pink Floyd のアルバムではなく Pink Floyd feat. Roger Waters のアルバムとして考えたいと思うんです。


この後の彼らについても、少し触れておきましょう。

83年の "the Final Cut" は、もう完全に Roger のソロ作品でした。恐ろしく地味で暗いアルバムは、Pink Floyd の終焉を考えていたからでしょう。バンドらしさはまったくなく、その後の Roger の作品と非常に似通ったトーンです(ただし内容的には傑作)。そして David, Roger 共にソロ作品を発表したのは84年の事でした。

86年に Roger Waters は、他のメンバーに Pink Floyd の名前を使う事を禁止する訴訟を起こします。リーダーの自分が止めると言うのだから、もはやバンドは存在しないという理屈でした。しかし、これは逆に他のメンバーの反発を買い、Roger 抜きの Pink Floyd が始動する事になりました(裁判も負けたのは Roger)。

87年 "a Momentary Lapse of Reason"、ライヴを挟んで94年に "the Division Bell" を発表。だけど・・・、今度は David Gilmour のソロと同じ色合いになってしまうんです。サウンドとしては、"the Wall" よりも Pink Floyd 的と言えるでしょう。しかし、メッセージが何なのかが分からなくなってしまいます。やはり "the Dark Side of the Moon" を頂点とした、4人の協力体制こそが彼らの極みだったような気がするんです。


・・・ところが今年(2005年)のLive8 で、なんと20数年ぶりに4人が共演したんですよ。うーん、どうなるのかなあ。一時的な再結成か、今後に繋がるものなのか。今なら Roger の独裁体制にはならずに、面白いと思うんですけどね。

the Wall
1:1. in the Flesh? / 2. the Thin Ice / 3. Another Brick in the Wall, part 1 / 4. the Happiest Days of Our Lives / 5. Another Brick in the Wall, part 2 / 6. Mother / 7. Goodbye Blue Sky / 8. Empty Spaces / 9. Young Lust / 10. One of My Turns / 11. Don't Leave Me Now / 12. Another Brick in the Wall, part 3 / 13. Goodbye Cruel World
2:1. Hey You / 2. Is There Anybody Out There? / 3. Nobody Home / 4. Vera / 5. Bring the Boys Back Home / 6. Comfortably Numb / 7. the Show Must Go on / 8. in the Flesh / 9. Run Like Hell / 10. Waiting for the Worms / 11. Stop / 12. the Trial / 13. Outside the Wall
produced by David Gilmour, Bob Ezrin & Roger Waters / recorded at Superbear, France, Miravel, France, C.B.S., New York & Producers Workshop, L.A.
Pink Floyd (web site: http://www.pinkfloyd.co.uk/
David Gilmour, Nick Mason, Richard Wright & Roger Waters
Roger Waters
born on September 6, 1944 in Great Bookham, UK.

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posted by 進藤むつみ on Summer, 2005 in 音楽, 1970年代, ロック

comments (6)

The Wall は初めて聴いたフロイドのアルバムです。あまりに衝撃的だったので、1曲目の「In the Flesh?」は今でもフロイドの一番好きな曲です。

ライヴ8の再結成ライヴ、デブハゲと化したギルモアが悲しかったけどw
同窓会的なノリではありましたが、同窓会の良さが出ているというか、結局じーんとさせられちゃいました。ライヴ8で他のアーティストも色々見ましたが、フロイドだけは客の目つきが違ってた。食い入るように見てましたね。やはり凄いバンドなんだなあと実感しました。
その後の活動予定はないようですね。(USツアーの200億円のオファーも断ったようですし)

>Screaming Bunnyさん♪
やっぱり初めての Pink Floyd 体験は、誰でも衝撃的なんですね。確かに "in the Flesh?" は印象的でした。あたしもずっと頭の中に残っていたような気がします。
で、デブハゲですか?・・・悲しい。
やっぱり活動再開とはいかないんでしょうか。まあ Roger と他のメンバーが交わる事はもうないと思っていたから、同窓会的なステージだけでも価値があったのかもしれませんね。・・・お客さんの目付きが違うのにも、そんな意味があるのかも。うん、この日だけってみんな分かっていたのかもしれませんね。

音楽には全く詳しくない私、本棚にもCDの影も形もないです。
嫌いというわけじゃなくて、聞けばのめり込む方なんですけどね。
そんな私の本棚になぜか1枚(正確には2枚・2枚組ですから^^;)だけCDがあります。埃かぶってますけど、それが何と、このThe Wallです。
15年以上前のことでしょうか、音楽好きの友人がCDの買出しに行くから付き合えというので、のこのことついていったんです。
そのとき、せっかくCD買いに来たんだから何か買っていけば?と言うんです。俺は音楽全然わかんないし。
じゃ、これなんかどう?といって勧められたのがこれ。
いやぁ、歌謡曲ぐらいしか聴いてない私には別の意味で衝撃でした。(笑)
でも、これ、聞いてみると結構いいんです。中に1曲だけ短いけど何かすごい怖い曲がありましたけど(汗)、あとはみんな好きです。
これからまた久々に聞いてみようかと思います。(^^)

>poppoさん♪
す、すごい!。唯一のCDが "the Wall" ですか?。初めて聴いた洋楽が Pink Floyd っていうあたしの上を行きますね。だけど、これを勧めるお友達もお友達ですよね。もう少し初心者向けのCDも選べたと思うんだけど、よっぽどその人のお気に入りだったのかもしれませんね♪。でも、このアルバムって、よほどロック慣れしてないと衝撃的に感じるアルバムだと思うんです。
1曲だけ短いけどすごい怖い曲?。どの曲だろう?。衝撃ある曲は多いし、悲しい曲もあるけれど、怖いって感じるのは "Empty Spaces" か "Is There Anybody Out There?" か・・・。よければ教えてくださいね♪。

これから聞きますなんていって、それから仕事が入ってしまって(^^;)

怖い感じというのは10年以上前に聞いたときの感想で、何か悲しいというか、切ないというか。Don't leave me now めっちゃ暗い曲だなと思いました。でも、今聞いてみると、何か胸にぐっとくるものがありました。
私の持っているのはLive in Berlin。ちょうど東西ドイツの壁が崩壊したころのものですね。久々に聞いて胸が熱くなりました。

>poppoさん♪
"Live in Berlin"!。壁崩壊の次の年だったかな?。歴史的なコンサートですよね。今、あたしも久しぶりに引っ張り出してきて聴いていました。
"Don't Leave Me Now" でしたか。うん、確かに『怖い』部分もありますよね。それに『悲しい』し『切ない』し・・・。だけど、後半のこの盛り上がり方って、あたしは好きだなあ。
こういう風にぐっときたり、衝撃を受けたりしてるうちに、あたしは音楽にのめり込んでいっちゃったんですよね。

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