Pieces of You / Jewel

心のかけら / ジュエル 1995年
進藤むつみのおすすめCD (vol.68)

get "Pieces of You"素朴・・・と言えばいいのでしょうか。繊細と言った方がいいのでしょうか?。それとも純粋と言うべきなのでしょうか。Jewel のこのデビュー・アルバムを聴いた瞬間、逆にこっちの方がどぎまぎしてしまったような気がします。それ程ストレートに、彼女の心が出ているように思えました。心の中にあるものを何ひとつ隠す事なく、あたしに見せてくれたように感じたんです。

だって、もうそのまんまなんですよね。考えている事が、真っ直ぐこっちに伝わってくる。それって、良いところも悪いところもね。例えば、瑞々しくて触れただけで壊れちゃいそうな素朴さを感じられる代わりに、自信のなさや不安さえもわかっちゃうんです。おいおい、もう少しガードした方がいいんじゃないの?。悪い人に付け込まれちゃうよ・・・なんて、あたしも余計な心配してみたりして(笑)。

だけど、このアルバムをレコーディングした時には、彼女はホントに自信がなかったのかもしれません。デビューする事はできたけど、このまま活動を続けていけるのかわからなかったんじゃないかしら?。そんな自信のなさが、そのままこのアルバムには録音されちゃったのかもしれません。でもね、この "Pieces of You" を一度でも聴いたならば、将来 Jewel という宝石の原石がどれほどの輝きをみせてくれるのか、誰もが気が付いたと思うんです。


Jewel Kilcher はフォーク・デュオの両親の元でユタ州に生まれ、アラスカ州のホーマーへ移り住みます。『6歳の時にエスキモーとアリュートのために歌を歌った』といいますから、移ったのは相当幼い頃の話なのでしょうか?。人口500人ほどの町で、彼女の家は広大な農場で、馬に乗って通学した・・・って、これは相当の田舎町のような気がします(笑)。8歳の時に両親が離婚した後も、父親の牧場を手伝い、そして一緒にバーやレストランで歌ってという生活を送っていたようです。

彼女に転機が訪れたのはハイスクールの時。その後半2年を、奨学生としてミシガン州の Interlocken という芸術学校で、オペラを学ぶことになった事でしょう。『今までよりずっと大きな世界に出会った』という彼女の言葉は、あたし達の想像以上なのかもしれないなと思います。あらゆる事に夢中になったという彼女は、卒業する年にギターと作曲を始める事になります。

卒業後は、休暇中の母親を訪ねたサンディエゴに、彼女はそのまま腰を落ち着ける事になりました。しばらくは、何をしていいのかわからなくなっちゃったようですけどね。それでも曲作りに励むようになり、コーヒーショップで歌うようになり、それが常に満員御礼になって、アトランティック・レコードの社長直々にスカウトされてレコーディングする事になりました。


そのデビュー・アルバムが、この "Pieces of You" です。リリースされたのは、彼女がちょうど二十歳の時でした。プロデューサーは Neil Young との活動が有名な Ben Keith。ほとんどの曲がギター弾き語りをベースにした録音で、またサンディエゴのコーヒーハウスでの弾き語りライヴも4曲収録されています。この質素な録音スタイルが、そのままの彼女を聴かせてくれる事に繋がって、そして、彼女の魅力を際立たせてくれた事になったのだと思うんです。


オープニングの "Who Will Save Your Soul" は、彼女の初めてのヒット曲 (全米11位) ・・・なんですけどね。チャートインしたのは、なんとアルバムが発売されてから1年4ヶ月後の事。一年間はほとんど評判にもならずに、地道に活動を続けていたようです。まあ、その積み重ねが生きてきたって事なんでしょうけど、素朴さや繊細さを理解してもらうには、やっぱり時間がかかるのかもしれませんね。

その曲は数少ないバンド演奏による曲。そうはいってもピアノとベースとドラムス、それに Jewel のギターとヴォーカルだけですけどね。それでも、アルバム中で最もポップな曲かもしれません。派手さはないんだけど、リズム感が一番なんですよね。言葉遊びもあるし。ただ、後でお話ししたいと思いますが、あたしは最初に聴いた時、静かさに昔ながらのフォークの香りを感じたんです。だけど、実は彼女の頭の中にあったサウンドは、全然違ったのかもしれないなと思い直したのでした。


次の "Piece of You" は、彼女のホーム・グラウンドの Innerchange Coffeehouse でのライヴ録音。ギターの弾き語りは、おそらく普段着の彼女の魅力だと思います。だけどギター、上手くないんですよね。走るな!、もたるな!・・・って言いたいあたし(笑)。だけどテンションのかけ方が独特で、ちょっとエキゾチックな感じがするんですね。これが Jewel サウンドの特徴になっていて、リズム感のある曲で始まった割には、この曲のトーンがアルバム全体を統一したような気がするんです。

"Foolish Games" (7位) は、ピアノのアルペジオで始まって Jewel のヴォーカルが入ってくる透明感のあるサウンド。何て言えばいいのかな?。アラスカの凍てつくような空気を感じさせるんですね。その中で、彼女のか細いヴォーカルが響いてくるような。控えめなヴィオラの音やコーラスも、効果的にもり立てます。素朴・・・なんですよね。だけど、この歌があたしの一番のお気に入りになるんです。

"You Were Meant for Me" は65週のチャート・インという、ビルボード歴代1位の記録を打ち立てました。しかも、ベスト10に28週という脅威的な大ヒット。まあ、最高位は2位なんですけどね。この曲に歩調を合わせるように、アルバムの売れ行きも上がっていったようです。だけど、そんなにヒットするような要素がある曲か?。すごく地味ですよ。二十歳のどこにでもいるような女性の、そのままの思いが受けたのかしら?。もっとも、こういった曲が売れてくれるのが、あたしはうれしいんですけどね。


全体のアルバムのトーンは、前述の "Piece of You" に代表されると思うんだけど、救われる明るさのある "Morning Song" や、コミカルな "I'm Sensitive" など、色んな事をやろうとしてるのがわかります。ただ、彼女の思いが空回りしちゃってるんですよね。色んな事、色んな歌い方をしたいのはわかるけど、そこまでレベルが達してないから、不器用なサウンドに終わっちゃってる。だけど、その不器用さもまた、彼女の魅力に思えてしまうのが不思議なんです。

実はレコード会社の関係者は、この "Piece of You" の売り上げって、イイトコ5万枚って思っていたようです。社長直々のスカウトっていうのは、何なんだって思っちゃいますけどね(笑)。そのアルバムが、おどおどと自信がなさそうに歌っているこのアルバムが、最終的には全米4位、アメリカだけで1000万枚を越える売り上げるモンスター・アルバムになったのでした。


Jewel は、97年のアメリカン・ミュージック・アワードで最優秀新人賞を受賞。98年のセカンド・アルバム "Spirit" は初登場3位と、完全にトップ・ミュージシャンの仲間入りをしました。アコースティックを下敷きにしながらもポップさを前面に出したアルバムは、まさに大傑作です。もう、その "Spirit" での歌声は、自信に満ちあふれちゃってるんですよね。ファースト・アルバムで感じた、弱々しさの欠片もない。それは確かに、Patrick Leonard のプロデュースも良かったかもしれません。

だけど、これは成功した自信だと思うんですよね。将来が見えないままレコーディングしたアルバムが、世界的な評価を受けた。何をしていいのかわからなくなっていた自分を、多くの人が認めてくれた。それが歌声に現れてると思うんです。そして、それはビジュアルにも現れてるんですよね。"Piece of You" の田舎娘丸出しの写真と、"Spirit" のいい女に変わった写真と、もう全然違うんですもの♪。


ただ、あたしの評価はこのアルバムまでです。いえ、99年の企画盤 "Joy: a Holiday Collection" まではいいか。2001年の "This Way" では、さらにロックっぽさを出してきた。逆に素朴さや繊細さは引っ込んでくる。そして2003年の "0304" は、ダンス・アルバム?って思わせるほどの変身をしてきたんです。そうなると、あたしはチョット付いていけないなってね。

確かに、"Piece of You" から "Spirit", "This Way" って、セールスは半々に落ちてたんですよね。だから、何か違う事をって思うのも当然かもしれない。それに『いろんな音楽が好きな自分がいる』という彼女の思いもわからなくはないし、ファーストの "Who Will Save Your Soul" のリズム感も、"0304" サウンドに繋がっているような気もする。だけどね、彼女がこのサウンドをする意味が、あたしは見えないんですよね。もっと違う道があったんじゃないかって、そう思ってしまうんです。

まあ、今年発売された "Goodbye Alice in Wonderland" は先祖返りをしてきたから、この先少しは期待できるのかな?。ファーストほどの瑞々しさはありませんけどね。・・・だけど、考えてみると Jewel ってまだ32歳なんですよね。ずいぶんベテランって感じがしてたんだけど、そうか、あたしたちはまだいろんな彼女を楽しむ事ができるのかもしれません。

Pieces of You
1. Who Will Save Your Soul / 2. Pieces of You / 3. Little Sister / 4. Foolish Games / 5. Near You Always / 6. Painters / 7. Morning Song / 8. Adrian / 9. I'm Sensitive / 10. You Were Meant for Me / 11. Don't / 12. Daddy / 13. Angel Standing By / 14. Amen
produced by Ben Keith / recorded at Broken Arrow Ranch, Woodside, CA (studio) & Innerchange Coffeehouse, San Diego, CA (live)
Jewel (web site: http://www.jeweljk.com/
born Jewel Kilcher on May 23, 1974 in Payson, Utah

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posted by 進藤むつみ on Summer, 2006 in 音楽, 1990年代, シンガー・ソングライター

comments (8)

ん……
他のアルバム持ってるけど、なんか個性感じられへんかった。
このアルバムは聴いてないからなあ……

ところで、タバコやめてます?

>osaさん♪
うーん、お気に召しませんでしたか・・・。
枚数を重ねるごとにだんだん普通の歌手になっちゃった感じで、あたし的にはこのアルバムなんですけどね。osaさんが聴かれたのは何だったのかしら?・・・って、考えてみればファーストも、日本盤はジャケットが違うんですよね。もしかしたら、そのものズバリ "Pieces of You" を聴かれてるかもしれませんね。
で、タバコですか?。えへっ☆、1週間越えましたよ♪。そのうち一度記事にするつもりです。osaさんは日曜日にカートンが終わる予定だったんですよね?。どうされたか気になってるので、やっぱり一度記事にしてくださいね♪。

はじめまして このアルバムは僕の中のクラシックです。you were meant for meがめっちゃ流行ってて毎日ラジオから流れてました。繊細だけど強さを感じる声に心がうちぬかれました。アラニスやシェリルとか流行ってて何人もギター持って歌う女性がいっぱい出てきましたがjewelは強烈でした。I'm sensitive聞いてからのyou wereの流れが好きです。 今聴いても心が洗われます。90年代はいいファーストアルバム多いですよね。他のレヴューも楽しく読ませてもらってます。

>かんきちさん、レス遅れてすみません。暫くブログから離れてました。
『繊細だけど強さを感じる』って、ホントにそうですよね。あたしは初めて Jewel の声を聞いたときに『守ってあげなくっちゃ』って思ったんだけど、いやいや、彼女はそんな弱い女性じゃない。芯にしっかりしたものを持っていて、だんだんあたしが守られてるように感じてきてました。
“I’m sensitive” からの “you were…” ですか。ああ、なるほど。こういうのがお好きなんですね?。あたしも今でもたまに出してきて聴いてるけど、今度はそこに注目だな(笑)。
他のレビューにも、よろしければコメントくださいませ♪

普段はThe Black Crowesなどのシンプルなロックが好きでよく聞いています。
全く違う音楽ですが、Jewelの1st Albumの歌詞、声の繊細さが頭から離れなくなり当時はずっと聞いていました。
"Foolish Games""Morning Song" は特に好きでした。
3rd Album"This Way"の時はコンサートにも行きました。
その後の4th Album"0304"はどちらかといえば嫌いな音楽でした。
以降Albumは買っていません。
いつか原点に戻って欲しいと思った時もありましたが、今ではあの1st Albumの雰囲気はあの瞬間にしか作れなかったと思っています。
リリスフェアが一番良かったのかもしれません。
全部CDは手放しましたが、1st Albumは大事にしています。

>うえださん♪
確かに他のコメントと比べると、系統の違う音楽ですよね・・・って、あたしも人のことは言えないか(汗)。
"Spirit" の自信に満ち溢れた声を聴いた時のショックが忘れられません。スゴく良いアルバムだと思うんだ。完成度も高いし隙もない。だけど、少女が大人になったっていうのかな?。絶対にもう戻れないなと思いました。だから、うえださんの言われるように『あの瞬間にしか作れなかった』のが現実なのかな?。逆に言えば『あの空気をアルバムに閉じ込めることができた』のが奇跡なんだと思います。
あたしは "0304" で諦めたな。まあその後もしばらく追いかけましたけど。ギター弾き語りが、彼女を一番行かせる表現方法なんだと今でも思っています。

むつみさん
1st Albumの『あの空気をアルバムに閉じ込めることができた』
これがこれ以上無い最高の表現です。
2nd Albumでは曲自体の構成がしっかりしていて不安定な部分は無くなりましたね。
反面失われた部分 少しずつ失われつつあるピュアな部分が当時から引っかかりました。
僕は未完成でも未熟でもいいので純粋な彼女の詞がずっと聴きたかったと思います。

>うえださん♪
時々、こういう奇跡のようなアルバムがあるんですよね。
不安定な部分も未完成な事も、未熟な事さえも実は魅力だったんだと思います。だけど、少女は音も立てずに大人になってしまった。少女に触れるつもりで "Spirit" を聴いたのに、そこにいたのは大人の女性だった。そこで、あたしたちは取り残されてしまったのかもしれません。・・・もしかしたら、取り残されたのは男性だけだったかもしれませんけども。

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