Magic Fire / the Stray Birds

2016年
進藤むつみのおすすめCD (vol.80)

get "Magic Fire"あたしはこの "Magic Fire" を聴いた時、『見つけた!』って思いました。カントリー・ロックが大好きで、90年台のオルタナ・カントリーや2000年以降のアメリカーナを聴き続けていて、だけど、もっと黎明期のカントリー・ロックそのもののサウンドを奏でているバンドがあるんじゃないか・・・って思っていたんですね。それが、もうあたしのイメージ通りのアルバムに、ついに巡り合えたんです。

繊細でいて大胆な曲に、美しくも力強いハーモニー、乾いた風や太陽を感じさせるサウンドを、ギターやフィドルにマンドリンを持ち替えて、メンバーが交代でヴォーカルをとる。いや、これは70年前後のカントリー・ロックそのものでしょ。作曲やヴォーカルは二人で半々で担当していて、一人が圧倒的リーダーじゃないのも個人的には好ましい。

まあ、彼らについては情報が少なすぎるんですけどね(英語版 Wikipedia のページさえない)。だから、あたしが感じた印象を中心に、彼らのサウンドをお話しさせてもらいたいと思うんです。


Pennsylvania 州 Lancaster に生まれた Maya de Vitry, Oliver Craven, Charles Muench の3人は、子供の頃からの知り合いだったそうです。人口6万人ほどの町ですからね。音楽をやっていれば、自然と顔見知りになるのかも。ただ、その頃から一緒に活動するわけではなく、それぞれが自分の進む道に向かって勤しんでいました。

彼らに接点ができたのは、2010年にバークリー音楽大学から Lancaster に戻った Maya が、ブルーグラス・バンドで演奏していた Oliver と再会してから。当初はデュオで始まった二人でしたが、 同年に EP "Borderland" の録音にベースの Charles が一部参加した事から、トリオでの活動となったようです。


2012年にセルフ・タイトルのファースト・アルバムが発売されます。オープニングの "Dream in Blue" を聴くと、バンジョーのピッキングにフィドルが絡んでくる辺り、ブルーグラス系のカントリー・ロックを感じさせます。そしてね、MayaOliver の手による全曲オリジナルの繊細な歌に、美しいコーラス・ワーク。驚くべき事に、この時点でもう歌もサウンドも完成しているんですよね。

特筆すべきは、8曲目の "Give That Wildman a Knife/ Bellows Falls/ Waiting' on a Hannah" の、クラシカルなフィドル2台の掛け合い。フィドラーが二人いる、このバンドならではの曲だと思います。このアルバムは各所で評価され、NPR では the year at the International Folk Music Awards の、この年の10枚のアルバムのうちの1枚に挙げらる程でした。

精力的なツアーをこなしながら、カバー曲集の EP "Echo Sessions" を挟んで、14年にセカンド・アルバム "Best Medicine" がリリースされます。若干湿った音も聴かれるんだけど、基本的はファーストを踏襲したサウンド。ただ、出来としては前作の方が上かな?。ブルーグラス好きな人にとっては、ファースト・アルバムがベスト・チョイスかなと思います。


そして16年、ついに、この "Magic Fire" が発売されました。このアルバムでは、プロデューサーにベテラン・マルチ・インストルメンタリストの Larry Campbell を迎えると同時に、ドラムスに Shane Leonard が加入して4人編成となっています。

オープニングの "Shining in the Distance" からして圧巻。アコースティック・ギターのストロークをバックに、聴こえてくる伸びやかなヴォーカル。そこに、四声になって圧倒的なコーラスが被さってくる。ドラムスが入る事で、ブルーグラスからカントリーに寄って来ていて、ポップながらも、まさにこれはカントリー・ロック。乾いた風や太陽を感じさせるサウンドは、ここで完成します。あたしは初めて聴いた時に、初期の Eagles を思い浮かべたのでした。

2曲目の "Third Day in a Row" もそう。嬉しいなあ、こんな曲がいっぱい聴けるなんて。ファーストやセカンドではあまり使われなかった、エレクトリックギターも存分に響いていて、ポップさが前面に出ている。だけど、ポップ・カントリーじゃなくて、アメリカーナなんですよね。この辺りは、プロデューサーの Larry Campbell の色なのかな・・・と思うんです。

フィドルの音から始まる "Sabrina" は、今までならブルーグラスの香りを醸し出したと思うんだけど、しっかりカントリーになっているんですよね。うーん、ドラムスって凄い。 前作までは MayaMayaOliverOliver 単独の作曲だったんだけど、この曲は Charles を含めた3人の共作になっている。他にも共作は増えていて、バンドとしてしっかりとした形ができて来た証なのかもしれません。

他にもフォーキーな曲からロック・バラードまでバラエティに富みながら、一つの色に統一された良質なアルバム。アメリカーナと呼ぶかカントリー・ロックと呼ぶかはそれぞれに任せるとしても、あたしとしては『ついに見つけた!』と声を大にして言いたい程の発見だったのが、この "Magic Fire" だったのでした。


2年に1枚のペースでアルバムを発表して来た Stray Birds。そろそろ4枚目が発売されるかと思われた2018年7月、Maya の Facebook で次作 "Let It Pass" が既に完成している事と同時に、バンドを解散することが発表されました。『何年にも渡ってアグレッシブなツアーサイクル行っていて、これ以上そのペースで進むことは不可能だった』と言います。おお、なんてこった!。やっと見つけた宝物が消えてしまう。

その "Let It Pass" は、トリオ編成に戻っていながら "Magic Fire" と同じようなカントリー・ロック臭を醸し出している良質なアルバム。だけど、サポート・ツアーも行わずに静かに発表され、そして歴史に幕を降ろしていた。Maya はソロ・アルバムを発表しているものの、あたしは残念ながら聴いていない。コーラス・ワークがなあ、肝なのになあ。あたしは今でも、その喪失感を思い出す事があるんです。

Magic Fire
1. Shining in the Distance / 2. Third Day in a Row / 3. Sabrina / 4. Radio / 5. Where You Come From / 6. Fossil / 7. Hands of Man / 8. Somehow / 9. Sunday Morning / 10. Mississippi Pearl / 11. All The News / 12. When I Die
produced by Larry Campbell / recorded at Guip Studio, Milan Hill, NY / (add.rec: Goosehead Palace & Paul's house, Nashville, TN)
the Stray Birds
Maya de Vitry, Oliver Craven, Charles Muench & Shane Leonard
Maya de Vitry
born on 1990 in the Lancaster, PA.

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posted by 進藤むつみ on Spring, 2022 in 音楽, 2010年代, アメリカン・ルーツ

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