Don Juan's Reckless Daughter / Joni Mitchell

ドンファンのじゃじゃ馬娘 / ジョニ・ミッチェル 1977年
進藤むつみのおすすめCD (vol.74)

get "Don Juan's Reckless Daughter"とりあえず、恋愛関係の話は置いておきましょうか。もちろん Joni は『私の人生は、愛と音楽を探し求めることだけで費やされてきた』と歌ったくらいだし、彼女の詩からはその時々の恋愛の影響が色濃く読み取れたりもする。感性を刺激されてる事はもちろん、自分になかったものを相手から受け取っている事も分かる・・・けど、まあ、キリがありませんから(笑)。

ただ『音楽を探し求める』っていうのは、すごく彼女らしいよなと思うんです。実際、デビュー当時から圧倒的な個性や存在感を持ちながら、少しずつ音楽のスタイルを変えているんですよね。初期の弾き語りを中心をしたサウンドから、だんだんとジャズに傾倒していったのは、まさに自分が求めている音楽を追っていった結果のように思えます。

だけど、逆に全く変わってない部分もあると思いませんか?。もちろん詩もメロディーも一聴して彼女だって分かったりするわけだけど、実は音の響きそのものが同じだなって感じたりもする。もしかしたら、どの時代のどのアルバムでも彼女の頭の中では同じ音が鳴っていて、ただそれを表現する方法だけを探し求めていたんじゃないかな・・・って、あたしは思うんです。


美術大学に進みながらも次第に音楽に惹かれていった Joni Mitchell は、大学を中退してまずはトロントで音楽活動を始め、その後ニューヨークへ移動します。Tom RushBuffy Sainte-Marie"the Circle Game" を、Judy Collins"Both Sides Now" を取り上げるなど、最初に認められたのはソングライターとしてでしたが、すぐにソロ・アーティストとしてデビュー。68年にデビュー・アルバム "Song to a Seagull" (全米189位) を、翌69年には "Both Sides Now" のセルフ・カバーを含む "Clouds" (31位) を発表しました。

ギターの弾き語りを中心としたこれらのアルバムは、彼女の個性と豊かな才能を感じさせるには十分だったのでしょう。セールス結果以上の高い評価を受ける事になります。独特なコード進行と音の響き、美しいメロディーライン、プライベートを曝け出したような独白に近い詩・・・。特にオープン・チューニングとテンション・コードを使ったギター奏法による不思議な音の響きは、それまでのフォーク・シーンにはなかったものでした。この時期、オープン・チューニングのギタリストにそのルーツを訪ねると、必ず Joni Mitchell に辿り着いたと言われるくらい、周りのミュージシャンに与えた影響は大きかったと言われています。

そして70年にはシンプルながらもポップな "Ladies of the Canyon" (27位) を、71年には内省的な "Blue" (15位) を、72年には Tom Scott らジャズ/フュージョン系のバックミュージシャンをも起用した "for the Roses" (11位) を発表していきます。それぞれのアルバムは、その時々の彼女の精神状態が分かるような詩の明暗が面白いし、少しずつ変わっていくサウンドも興味深いんだけど、ここまではフォーク・シンガーとしての Joni Mitchell の時代と呼べると思うんです。まあ、彼女は『自分はフォーク・シンガーだった事はない』って言ってるんですけどね。


さて、74年のアルバム "Court and Spark" で、Joni Mitchell は一つの転機を迎えました。前作での Tom Scott の起用が嵌ったのか、完全に演奏をジャズ/フュージョン系のミュージシャンにシフト。ソウル色豊かなサウンドを繰り広げます。元々彼女は独特な色彩感を感じさせるアーチストだったんだけど、ここでその色彩感を前面に、そして強烈に感じさせるサウンドに変わったんですね。しかも曲によってロックン・ロールしてみたりスイングしてみたりと遊び心も満載。シングル "Help Me" が全米7位とヒットした事もあって、このアルバムはキャリア最高の全米2位を記録する事になります。

自信を持った彼女は、このジャズ路線を更に押し進めていきました。ライヴ盤 "Miles of Aisles" (2位) を挟んで、75年に "the Hissing of Summer Lawns" (4位) を発表。シンセサイザーやアフリカンドラムスを使ったり、ゴスペル風の曲を収録したりと、バラエティ豊かなこのアルバム。派手さはないものの、前作で色彩感を増した彼女のサウンドは、このアルバムではより深みを見せてくれたような気がします。そして76年の "Hejira" (13位) では、今まで縛られていた『枠』をも取り払ってしまうような、サウンドの広がりを見せてくれました。

あたしはリアルタイムでは Joni のアルバムを聴いてはいないんだけど、年代ごとに順を追って聴いてきた人は『これだったのか!』と思ったんじゃないでしょうか。それまで想像する事さえなかったような不思議な音空間を持ちながら、過去のサウンドとも共通する緊張感や響きがある。もしかしたらファーストアルバムのオープニングのギターのアルペジオも、 "Blue" の1曲目のカッティングも、既に彼女の頭の中ではこの "Hejira" みたいな音が鳴っていて、それを表現する方法だけを探してサウンドを変えてきたような気がするんです。

もちろんこのサウンドを表現できたのは、Jaco Pastorius との出会いがあってこそでしょう。ジャズ・ベースの概念を変えたとまで言われる天才ベーシスト。彼との出会いがあって初めてこの音の響きが得られたんだと思うし、刺激された Joni の感性もここまで高められたのだと思う。だけど、自らが目指す方向をしっかり見据えていたからこそ、前述の『フォーク・シンガーだった事はない』って発言もあったんじゃないでしょうか。


そうしてある意味辿り着いたサウンドをもう一歩だけ進めたのが、 この "Don Juan's Reckless Daughter" (25位) でした。実験的要素が多くて難解と評される事が多いこのアルバム。だけど、あたしはそんな難しく考えなくていいような気がします。逆に、肩の力を抜いて気軽に聴いてこそ面白いアルバムだと思う。だって『動いてる』んですよ。まるで映画を見てるように、色々なシーンが見えてくるんです。


オープニングの "Overture"。3分にも及ぶイントロダクションは、ギターのカッティングとコーラス、そしてベースだけのセッションなんだけど、あたしには『会話』が聞こえてくるんですね。ギターがカッティングで呼びかける。コーラスが同調する。まぁだベースは目を覚まさない。さらに囃し立てるギターの音に、煩そうに目を覚ましたベースは、手を払うようにしてそれを遠ざけようとしてる。ところが、いつしか共鳴していくギターとベースの響き!。・・・そこから "Cotton Avenue" に繋がっていくんだけど、まるで映画でも見ているようにその景色が目に浮かんでくるんです。ベッドの廻りでね、ベースを起こそうとしているんですよね。早く出かけようよ・・・って。ねっ、見えてきませんか?。

そして導かれた "Cotton Avenue" が、初期の Joni を思わせるような素朴な曲なのも面白かったりします。ギター・ベース・ドラムスの演奏をギター弾き語りに変えたなら、"Clouds" 辺りに収録されていてもおかしくないようなメロディー。だけど、初期のアルバムのギター弾き語りより、やっぱりこのアルバムの演奏の方が気持ちが伝わってくるんですよね。楽しそうに語りかけてくる姿が見えてくる。たぶん、バックがしっかりとサポートしてる事で、Joni をもり立てる事で、彼女は素直に自分の想いを出す事ができたんじゃないでしょうか。

これは2曲目の "Talk to Me" にも言える事かもしれません。多重録音はあるもののギターのストロークとベースだけの演奏なのに、『はやる心を抑えられない』のをこれほど見事に表現してくるなんて!。『居ても立ってもいられない!、もう鶏の鳴きまねもしちゃうわよ』・・・って、歌詞からじゃなくてシンプルな演奏からだけでも伝わってくるのはホントにさすがです。自由になれたんだな・・・と思います。過去のどのアルバムよりも、自由を手にした Joni がここに居るんです。

3曲目の "Jericho" は、75年のライブ盤 "Miles of Aisles" に収録されていた曲。そのライブの音のイメージを壊さないでいて、なおかつ "Don Juan" の音の膨らみや自由さを持たせているのが素敵です。穏やかでそれでいて少しもの悲しい息遣いを感じさせる中に、芯の強い Joni の心が見え隠れする。実はその彼女の心は、世界の全てを塗り替えるほどの強さを持っていたりするんですけどね。


さて、4曲目の "Paprika Plains" から "Dreamland" までの4曲が、このアルバムを難解と言わせてるのかもしれません。

"Paprika Plains"は、演奏時間がなんと16分!。さすがに冗長に聴こえちゃうんだけど、一聴するとピアノ弾き語り、それもアドリブのように聴こえるかもしれないこの曲にオーケストラが入ってるんですよね。ってことは、即行演奏のように聴こえてもしっかりアレンジされた曲だって事で、その辺りを考えながら聴くと結構楽しめるかも・・・って、無理ですか(笑)。やっぱりこれは問題作なんでしょう。

そして "Otis and Marlena" からの3曲は、南国へでも出かけたのでしょうか?。明るく外交的な曲が並びます。だけど、どの曲も延々と同じフレーズを繰り返して歌ってるんです。

静かに語りかける "Otis and Marlena"は、地味ながらもホッとさせてくれる曲。バイオリン奏法のギターもいい感じだしこれはOKとして、問題は "the Tenth World""Dreamland" の2曲です。どちらも5人のパーカッションの掛け合いによるワールドミュージックなんですね。特に "the Tenth World" はパーカッションとスキャットだけの演奏になるだけに、フォーク系の音楽を聴いてきた人には取っ付き難いかもしれません。ただ、 "Dreamland" はメロディーがあるだけまだ聴きやすいかな?。コーラスで参加してる Chaka Khan もいい味を出しています。


アルバムタイトル曲にもなる "Don Juan's Reckless Daughter" は、強烈なスピード感を感じさせる曲。ギター・ストロークとパーカッションの演奏に、ベースの味付けが生きています。そして "Off Night Backstreet" は緊張感のあるサウンド。サスペンス調のサウンドトラックを聴いているみたい。どちらも Joni Mitchell の存在感を感じさせてくれる一方で、ベースの Jaco Pastorius の存在感も物凄い。このアルバムが天才 Jaco の名演の一つに挙げられるのも分かるような気がします。

ラストはギター弾き語りの "the Silky Veils of Ardor"。彼女の作る曲って、たぶん基本的なトコロは何も変わっていないんだと思います。その表現手段が少しずつ変わってきただけでね。


聴き終えてまず思うのは、どの曲を聴いた時にも、はっきりと景色が思い浮かぶんですね。Joni の笑顔や興奮している姿が見えてくるし、部屋の中だったりテラスだったり、初夏の日差しや夕暮れ時の空の色や、ホントに色んな景色が見えてくる。まるで映画の一シーンを見ているように。そう、音楽を聴いていながら、あたしは映画を見ていたんじゃないかとまで思わせる、そんな『動き』のあるアルバム。だからこそこの "Don Juan's Reckless Daughter" は、肩の力を抜いて聴いた方が楽しめるアルバムだと思うんです。

そしてもう一つ、もちろん Jaco Pastorius らのサポートもあって、このアルバムのクオリティーは同世代のポップス/ロック系アーチストには届かない程のレベルになっていたと思います。ほどんど極みにまで近づいていたと思う。そしてそれは、ジャズ界の大御所 Charles Mingus との共演として制作を始め、結果的には Charles への追悼盤となった79年発表の次作 "Mingus" (17位) で結実する事になるのです。


さて、その後の Joni Mitchell は、80年のライヴ盤 "Shadows and Light" を最後に Jaco Pastorius と決別。今度はロック系のアーチストに接近すると、82年に "Wild Things Run Fast" を、85年にはなんと鬼才 Thomas Dolby らのプロデュースで "Dog Eat Dog" を、88年に "Chalk Mark in a Rain Storm" と発表していきます。90年代に入れば、今度はシンプルさを取り戻すように "Night Ride Home" (91年)、"Turbulent Indigo" (94年)、"Taming the Tiger" (98年) の3枚のアルバムを発表。セールス的な結果は残せなかったものの、90年代のこのアルバムは彼女らしい良作と言えるでしょう。

そして、カバー曲集 "Both Sides Now" (2000年) とセルフ・カバー集の "Travelogue" (02年) を発表したところで、Joni は音楽活動を離れる発言をし、レコーディング・アーティストとしての引退を宣言します。絵画に専念したかったらしいんですけども、あたしは彼女の歌声が聴けなくなる事をとても残念に思ったのでした。・・・思ってたんですけどね、2007年にアルバム "Shine" でシンガー Joni Mitchell は復活!。しかもこのアルバムが全米チャート14位まで上昇というおまけ付き。

うーん、まったくスゴいな、この人は。どこまで突き詰めたところで、彼女の『音楽を探し求める』旅は終わる事はないようです。・・・恋愛がどうなったのかは分かりませんけどね♪。

Don Juan's Reckless Daughter
1. Overture-Cotton Avenue / 2. Talk to Me / 3. Jericho / 4. Paprika Plains / 5. Otis and Marlena / 6. Tenth World (第十世界) / 7. Dreamland (夢の国) / 8. Don Juan's Reckless Daughter (ドンファンのじゃじゃ馬娘) / 9. Off Night Back Street / 10. Silky Veils of Ardor (絹のヴェール)
produced by Joni Mitchell & Henry Lewy / recorded at A&M Studios, Hollywood, CA (orchestra recorded at Columbia Studio C, NYC / add. recorded at Basing Street Studio, London, UK)
Joni Mitchell (web site: http://jonimitchell.com/
born Roberta Joan Anderson on November 7, 1943 in Fort Macleod, Alberta, Canada.

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posted by 進藤むつみ on Winter, 2009 in 音楽, 1970年代, シンガー・ソングライター

comments (4)

何かと趣味が似てますね~ 同年代なんでしょうか?(笑)

>flowerさん、レス遅れてすみません。暫くブログから離れてました。
同年代・・・ですかね、バレちゃいますか?(笑)。まあ、好みはどうしようもありませんからね♪。

むつみさん。お早うございます。
むつみさん文才すごいですね。
まとめるのうまいですね。
Joni Mitchell, Hejiraの歌詞に衝撃を受けて、
初期10アルバムのボックス注文した所なんです。
すごい楽しみです。

Joni Mitchell、とてつもないですよね。

僕も、性格的には女性っぽい所があります、
ただ、よく、もじもじしてたりするだけですけどw.

所で、女性ホルモンをとると、どうなるんですか?

差し障りがあったら、メールで教えてください。

>トオルさん、レス遅れてすみません。暫くブログから離れてました。
いやいや、駄文ばかりで文才なんてとんでもない。お恥ずかしい限りです。
だけど、確かに Joni Mitchell はとてつもないです。歌詞も歌もギターも、唯一無二と言わなければいけないくらいに。あたしが一番すごいと思うのは、空間の作り方かなあ。もう、音楽が立体的に見えてくる。そして、その場の空気が生々しいほどに感じられる。ホントに、こういう人こそを『天才』って言うんだと思うんですよね。
もう、もちろんボックス・セットは聴かれてますよね?。それぞれの時代全てに良さがあると思うんだけど、どのアルバムが気に入りましたか?。実は、あたしはファーストから現代まで、どのアルバムも気になってしょうがなかったりします。
・・・女性ホルモンについては、日記の中の『T’sカテゴリ』をご覧いただければと思います。なんて、半年後にレスしたって見てないか(汗)。

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