座右の銘

20代半ばの若き日の進藤むつみは、友達と旅行に出たわけです。一路高速道路を西へ、そして南へ。一般道では廃墟になった宿場のある峠を超えて、古い町並みの残る宿場町へ。その日はそこに泊まってですね、次の日はゆっくりと観光をしながら街道筋を北へ向かいました。で、関所のあった町でお昼にしようと、お蕎麦屋さんに入ったんですよね。そこの壁に掛かった書をみて、あたしは驚いたわけなんです。

なるようになる、しんぱいするな

『一休禅師のことば』とありました。うーん、深いな・・・とあたしは思った。『なるようになる』だけだと投げやりじゃないですか。ところが『心配するな』が付くと意味を持つ。『人事を尽くせば・・・』って、あたしは取ったんですけどね。それ以上は苦しんでもしょうがないじゃないか・・・って。

調べてみると、京都の大徳寺を再興した一休宗純が、『どうしても立ち行かなくなったらこれを読め』と弟子たちに残した言葉だそうな。100年後に開いたらこれしか書かれてなかったそうな。作り事だって話もある。だけど『らしいよな』って思って、あたしはこれを座右の銘にする事にしたのでした。・・・そんな事を言ってるから、こんな人生になっちゃうって言われそうですけども(汗)。

旅先で触れたこんな出来事だったんですけどね。将来引っ越してみたら仕事でその町に行くようになって、このお蕎麦やさんで度々お昼を食べる事になるとは思いもしないあたしだったのでした。まあ、今日は仕事じゃなかったんだけど、もりそばを食べてきましたとさ♪。

aphorism

posted by 進藤むつみ on Spring, 2008 in 雑記

post a comment